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パワハラ防止の義務が法定-労働施策総合推進法の改正

パワハラ規制法成立について

今年の5月「労働施策総合推進法」の改正によってパワーハラスメント防止対策の法制化がなされました。これによって、事業者にパワーハラスメント防止措置を義務付ける規定、そしてパワーハラスメントの内容が初めて明文化されました。
同法は、「パワハラ防止法」と呼ばれることがあります。
 

パワハラ防止法の意味

これまで、パワハラに関して国は、平成23年の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の下に設置されたワーキング・グループの報告や、平成30年の職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書、分科会の報告書、などの中で類型や内容をまとめるにとどまっていました。

しかし、都道府県労働局などへの「いじめ・嫌がらせ」いわゆるパワハラに分類される事項の相談件数は、平成20年に32,000件程度であったものが平成30年には3倍弱である82,000件に上るなど増加の一途をたどっていました。このような時代背景をもとに、法的な対策の必要性が出てきたことから、国は、企業に対し、今回の改正によりパワハラに関して明確に対策を講じていく必要性を示したといえるでしょう。

同法は、早ければ大企業は令和2年4月から、中小企業は令和4年4月から施行される見通しとなっています。もっとも、後述しますが、企業は、施行時期前であっても、パワハラの防止を努めていなければ責任を追及されますので留意が必要です。
 

改正労働施策総合推進法の概要

国が負う義務

この法律の第4条には「国の施策」という条文があり、ここに掲げられている事項について「総合的に取り組まなければならない」としています。
その中に今回、『14 職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題の解決を促進するために必要な施策を充実すること』という項目が追加されました。これにより、職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題……すなわち、パワハラ問題について、国も何らかの施策を行っていくことが義務付けられました。
いわば、国もパワハラ防止に対して、本気で取り組んでいくことが誓われたわけです。
 

企業が負う義務

企業がとるべき措置義務の規定として、「第8章 職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」という章が新たに設けられ、この中でにパワハラについての事項が規定されました。
 

パワハラ防止措置義務

企業のパワハラ防止措置義務は30条の2「雇用管理上の措置等」に定められています。

第1項では、パワハラの相談に対して適切に対応するための措置を講じることを求めています。

第30条の2

1 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

ただし、今回の改正法自体には、具体的にどのような雇用管理上の措置を講じなければならないかについては明言されておらず、その内容については今後策定される「指針(ガイドライン)」において具体的に示されることになります。

なお、分科会報告書では、「指針(ガイドライン)」について、以下の内容を示すことが適当としています。

・事業主における、職場のパワーハラスメントがあってはならない旨の方針の明確化や、当該行為が確認された場合には厳正に対処する旨の方針やその対処の内容についての就業規則等への規定、それらの周知・啓発等の実施

・相談等に適切に対応するために必要な体制の整備(本人が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあることに留意すべきこと)

・事後の迅速、適切な対応(相談者等からの丁寧な事実確認等)

・相談者、行為者等のプライバシーの保護等併せて講ずべき措置

おそらくガイドラインは、これらの内容に従ったものになるでしょう。
キーポイントは、企業にはパワハラが生じた後の対応(事後措置)ではなく、パワハラが生じる前の予防行為(予防措置)が求められることです。
「パワハラが起きてから対応する。」では許されない時代になったということです。

 

パワハラの定義

また、この第1項は、分科会報告書で適当とされたパワーハラスメントの3要素に手を加える形でパワハラの内容を以下のように定義しています。

パワハラの定義

①職場において行われる優越的な関係を背景とした

②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により

③労働者の就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)

それぞれの要素内の文言についての詳細な内容は、既に裁判例で示されているものもあります。その意味では、これまでの裁判例に従ったものと言えます。
しかしながら、パワーハラスメントの内容が、初めて法律上明示されたという意味で、非常に画期的と評価できます。
 

不利益な取扱の禁止

第2項では、労働者がパワーハラスメントの相談をしたり、パワーハラスメントの調査において事実を述べたりしたことを理由として、不利益な取扱いをすることを禁止しています。

第30条の2

2 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

 

措置義務などを果たさなかった場合の行政指導

パワーハラスメントに対し、事業主として事業主が講ずべき措置を怠った場合に罰則を課すべきであるという議論は根強くありました。しかし、今回の改正で新設されたのは、33条第2項の是正勧告を受けたにも関わらず従わなかった場合の公表のみです。

第33条

1 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると射止められるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができる。

2 厚生労働大臣は、第30条の2第1項及び第2項の規定に反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けたものがこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる。

この公表の規定について注意すべき点は、「公表」はあくまで第30条の2第1項及び第2項の規定、すなわち事業者の措置義務などに対して、是正勧告がなされたにもかかわらず従わなかった場合のものです。

つまり、パワーハラスメントが起きたことを理由に「公表」がなされるものではないということです。

分科会においても、パワーハラスメントの行為者に対しての刑事罰の制定や、被害者による行為者に対する損害賠償請求の根拠を設けることなど、端的にパワーハラスメント行為そのものを禁止し直接その行為に対しての罰則を設ける検討はなされました。しかし、これについては種々の課題があるとして、必要性も含めながら中長期的な検討をすると言及するにとどまり、今回の改正での規定新設は見送られました。
 

紛争解決には新手段

また、措置義務の新設に加えて、紛争解決手段としては、パワハラ問題でも「調停」が利用できるようになりました。

現在、パワハラに関する個別労使紛争(労働者個人と使用者の間の紛争)における行政機関の手続きとしては、「労働局での助言・指導」もしくは「あっせん」という紛争解決手続きがとられています。これは、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」という法律が根拠になっていますが、この特例が定められたのです。

その結果、パワハラに関する紛争については、助言・指導に留まらず勧告までできることになり、「あっせん」ではなくさらに強い手続きである「調停」が中心になることになりました。
しかし、同様の手続きが利用可能なセクハラ・マタハラに関しては調停の件数が少ない状況であることから、パワハラに関して利用状況がどの程度になるかについては、気にかけておく必要がありそうです。
 

パワハラは「今」取り組む必要

以上のように、パワハラ防止法の概観を見てきました。

同法は、早ければ大企業は令和2年4月から、中小企業は令和4年4月から施行される見通しとなっています。しかし、気をつけなければならないのは、同法の施行前であっても、企業はパワハラ防止する義務(措置義務)があるということです。

今、企業に課せられている義務

企業は、従業員に対して、「安全配慮義務」に含まれている「職場環境配慮義務」を負っています。
職場環境配慮義務は、職場における労働者の安全と健康を確保する義務です。同義務には、パワハラやセクハラ、マタハラなどを防止する義務が含まれています。
 

すなわち、パワハラ防止法によって法定される義務は、この職場環境配慮義務を具体化したもの、あるいは確認したものに過ぎないのです。法律が施行されなくとも、既に企業は、パワハラ防止を努める義務を負っているのです。

パワハラ防止法が施行される前であっても、パワハラ防止義務を果たしていない企業は、パワハラが生じたときは、被害者から責任を追及されることになるでしょう。
 

ハラスメント防止には研修会が効果的

「ハラスメント防止に一番効果的なのは、社内で研修会を開き、ハラスメント問題への知識・意識を高めること」と言われています。「社内でパワハラ(あるいはセクハラ・マタハラ)を許さない」という共通の認識を醸成させることができるからです。
社内が「ハラスメント」を許さない・認めない空気を有していれば、ハラスメントは起こりにくくなります。
当事務所でも、企業から「パワハラ対策の研修会」をお受けしていますので、お気軽にお問い合わせください。
 

国際的にもハラスメントに厳しい目線

国際労働機関(ILO)は、2019年6月20日に年次総会の委員会で、21日に本会議で、職場での暴力やハラスメントを全面的に禁止する初の国際条約を採択しました。

本条約では、ハラスメントを「身体的、心理的、性的、経済的被害を引き起こしかねない行為」と定義し、これらの行為を法的に禁止するとともに、発生した場合には必要に応じて「制裁を設ける」ことも明記されています。
保護されるべき対象も、人に関しては、従業員に留まらず就職活動など求職中のインターン生、ボランティアなどまで。場所に関しては、職場や出張先だけでなく通勤途中やSNSなどのやり取りまで含むなど、幅広い範囲に及んでいます。

また、雇用主に対しては職場において被害防止へ適切な措置を、政府に対しては法律の整備や被害者の救済支援対応を求めています。日本政府は21日のILO総会で、この国際条約に対し賛成票を投じました。しかし、批准については「検討すべき課題がある」として未定の立場を示しています。

というのも、日本では5月に職場でのパワハラ防止を事業者に義務付ける関連法が成立したものの、前述の通り、行為そのものの禁止や罰則規定の設置は見送られています。セクハラやマタハラに関する規制も同じく禁止規定はない状況です。よって、日本が本条約に批准するにはさらなる法改正が求められることとなり、訴訟リスクの高まる改正には慎重な姿勢が見受けられる現状を考えると、批准には時間を要する可能性があります。

「#Me Too」運動の高まりなど、現在ハラスメントについては非常に関心が高まっており、ハラスメント問題はもはや日本だけなく国際的な問題となっています。今回の改正で、パワハラが明文化され事業者の措置義務が設けられたことは、ハラスメント対策の一歩として評価はできますが、ILOの条約などと比較しても改善すべき点はまだ多いと言えます。

とはいえ、企業においてはまず国内法の課す措置義務を確実に果たすところから、一歩一歩ハラスメントフリーで健全な職場環境の整備を進めていかなくてはなりません。
まずは、社内での研修会の開催から検討をしてはいかがでしょうか。

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