平成25年4月1日より、「無期転換ルール」が始まりました。これは、有期雇用労働者が、5年間同じ会社で働いた後に、会社に申し込みをすると、無期雇用労働者になれるというものです。
このルールは、パートやアルバイト、契約社員、派遣社員などに契約更新の不安や心配を払拭してもらい、長期的に企業で活躍してもらうために設けられたものです。

しかし、無期転換ルールがよくわからない方や、会社にとってどのようなメリット・デメリットがあるのか疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。当事務所でも、顧問先の中小企業の経営者からよく聞かれるところでもあります。
本記事では、無期転換ルールの基本やメリット・デメリット、無期転換ルールを導入する際の注意点について解説します。

 

1.無期転換ルールの基礎知識

無期転換ルールが本格的に運用され始めた平成30年4月1日からもう2年以上経ちますが、まだ無期転換ルールが日本のすべての企業に100%浸透しているとは言えないでしょう。まずは、無期転換ルールの基本事項について解説します。

1-1: 無期転換ルールとは

平成24年8月に労働契約法が改正され、翌年平成25年4月1日に施行されました。この改正労働契約法で新しくできたルールが「無期転換ルール」です。無期転換ルールとは、有期労働契約が更新されて通算5年になれば、その有期雇用労働者からの申込みによって期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるルールのことです。

無期雇用転換ルールは、改正労働契約法が施行された平成25年4月1日以降に締結された有期労働契約が対象です。そのため、平成30年4月以降、多くの有期雇用労働者に無期転換への申込権が発生しています。5年前後働いている有期雇用労働者が在籍していて、まだ無期転換ルールを導入されていない企業では、早急に無期転換に向けた社内制度の構築・整備が必要です。

1-2: 無期転換ルールの対象者

無期転換ルールは、パート・アルバイト・契約社員・派遣社員など、同じ会社で5年以上有期雇用契約を更新しながら働いている人すべてが対象です。「準社員」「メイト」「クルー」などの呼称がついていることもありますが、有期雇用労働者であれば名称のいかんをとわず無期転換ルールの対象となります。なお、派遣社員の場合は派遣元企業で無期転換への対応が必要であり、派遣先では原則として対応は不要です。

2.無期転換ルールが適用される条件とは

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無期転換ルールには適用条件がありますが、その条件を満たした有期雇用労働者はすべて無期転換を申し込むことができます。しかし、契約期間と契約期間のあいだに一定期間があいている場合は注意が必要です。

2-1: 無期転換ルールの3つの適用条件

無期転換申込権が発生するのは、次の3つの条件を満たしたときです。この3つがそろえば、無期転換ルールが適用されます。

  • ①有期労働契約の通算期間が5年を超えていること
  • ②契約の更新回数が1回以上
  • ③現時点で同一の使用者との間で契約していること

2-2: 「有期労働契約の通算期間が5年」はどのようにカウントするのか

有期雇用労働者の労働期間はどのようにカウントするのでしょうか。

たとえば、契約期間が1年の場合は、1年ごとに更新を繰り返し、丸5年経ったあとに無期転換申込権が発生します。この場合はとても単純明快なのでわかりやすいでしょう。

ただし、「有期労働契約の通算期間が5年」とは、単純にその労働者が5年働いたことを意味するものではありません。あくまで有期労働契約の契約期間がトータルで何年になるかを考えなければならないのです。たとえば、下図のように、3年更新の有期労働契約を結ぶ場合は、1回更新すると契約期間が6年になります。この場合、1回更新して最初の契約から5年経ったら無期転換の申し込みができるのではなく、1回更新した時点から無期転換申込権が発生するのです。ここはまちがえやすいポイントなので、おさえておきましょう。

(厚生労働省「無期転換ルールハンドブック」p.1より引用)

https://muki.mhlw.go.jp/policy/handbook2019.pdf

2-3: クーリング期間とは

「有期労働契約が通算5年にならないようにするためには、途中で空白期間を設ければいいだろう」と思われる経営者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、改正労働契約法では、そのような空白期間をできるだけ作らないようにするために、「クーリング期間」を設けています。

クーリングとは、同じ使用者との間で労働契約を結んでいない「無契約期間」が6ヶ月以上ある場合に、それ以前の契約期間を通算対象としないとするものです。その無契約期間が一定の長さ以上になる期間を「クーリング期間」といいます。ただし、無契約期間以前の通算契約期間が1年に見たない場合、クーリング期間も短くなります。具体的には以下の通りになります。

無契約期間以前の通算契約期間 労働契約を締結していない期間
(無契約期間)
2ヶ月以下 1ヶ月以上
2ヶ月超~4ヶ月以下 2ヶ月以上
4ヶ月超~6ヶ月以下 3ヶ月以上
6ヶ月超~8ヶ月以下 4ヶ月以上
8ヶ月超~10ヶ月以下 5ヶ月以上
10ヶ月超~ 6ヶ月以上

たとえば、入社して2年間勤務し、その後5ヶ月の無契約期間を経て復帰し、その後3年間勤務した場合、無契約期間の前後の契約期間を通算することができます。一方、入社して6ヶ月勤務し、その後4ヶ月無契約期間があったのちに4年6ヶ月間連続で勤務した場合には、無契約期間の前に勤務していた6ヶ月間は通算しないことになります。

2-4: 「同一の使用者」とは

「同一の使用者」とは、事業場が同じであるかどうかではなく、事業主が同じであるかどうかで判断されます。

たとえば、X株式会社の岐阜支店で3年、その後可児支店に異動して2年働いていた場合は、同じ法人の中で通算5年働いたことになるので、「同一の使用者」のもとで継続して勤務したことになります。一方、X会社がグループ会社のとき、親会社で3年働いたあと、子会社で2年働いた場合は、親会社と子会社で法人格が異なるため、通算されません。

ただし、無期転換申込権の発生を免れるために、就業実態は変わらないのにもかかわらず、意図的に労働契約の当事者を他の使用者に切り替えた場合は、同一の使用者のもとで継続して働いていると解釈されます。(厚生労働省労働基準局長平成24年8月10日基発0810第2号)この点に注意が必要です。

3.無期転換ルールを導入するメリット・デメリット

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無期転換ルールを導入すると、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。ここでは、考えらえる主なメリット・デメリットを2つずつあげてみます。

3-1: メリット①人材採用・育成にかかるコストの削減

通算5年以上同じ会社で働いている有期雇用労働者は、社内事情や業務についてある程度理解し、貴重な戦力の一人となっています。一新卒採用や中途採用で新しい人材を採用すると、一から教育しなければならず、その分時間も教育コストもかかります。今いる有期雇用労働者を無期雇用に転換すれば、引き続き同じ業務を担ってくれるので、人材採用にかかる時間や教育コストを減らせるのです。

3-2: メリット②キャリアアップ助成金が受けられる

有期雇用労働者を無期契約社員や正社員などにしたときに、一定要件を満たせば政府のキャリアアップ助成金が受けられる可能性があります。

キャリアアップ助成金とは、有期雇用労働者のキャリアアップ促進を目的に正社員化や賃金アップなど処遇改善をはかった中小企業に対して、一定の金額を支給するものです。このキャリアアップ助成金には、キャリアアップ計画を作成・提出し、計画通りに取り組みを行い、対象となる労働者に6ヶ月以上賃金を支払うことで支給申請ができます。そのため、このような助成金を申請することも考慮に入れて、無期転換ルール導入の検討をするとよいでしょう

3-3: デメリット①不況時などに人員調整が難しくなる

契約社員など有期雇用労働者であれば、契約期間があらかじめ定められているので、業績にあわせてその契約期間満了を理由に雇用契約を終了させることができます。しかし、無期雇用労働者が増えると、解雇するにも労働基準法上の厳格な解雇制限ルールが適用されるため、人員を自由に調整することがなかなかできなくなるのです。

3-4: デメリット②有期雇用労働者の多い企業では管理コストがかかる

スーパーマーケットなどの小売業やファーストフードチェーンなどの外食産業などでは、パートやアルバイト、契約社員などの有期雇用労働者が大半を占めています。そのような業界にいる企業で無期転換ルールを導入すると、だれに無期転換申込権が発生しているのか、発生していないのかを把握するのが難しくなります。そのような管理コストがかかることもデメリットのひとつでしょう。

4.無期転換ルールの3つの注意点

無期転換ルールを導入するにはさまざまな準備をしなければなりませんが、法の趣旨に反しないように細心の注意を払って無期転換ルールを導入することも必要です。ここでは、無期転換ルールを導入するうえで知っておきたい注意点について解説します

4-1: 無期転換を導入するときは就業規則の整備が必要

「無期転換する=正社員化する」とお考えの方も多いかと思いますが、無期転換は必ずしも労働者を正社員にするという意味ではありません。有期雇用から無期雇用に転換すると、契約期間の定めがなくなるだけで、賃金や労働時間などの労働条件などに変更はないのです。しかし、有期雇用労働者が無期雇用に転換されると、定年や転勤制度など、有期雇用のときにはなかった制度も彼らに適用しなければならなくなります。そのため、無期転換労働者のために就業規則を整備することが必要です。

「無期転換したら正社員となる」と就業規則に定めて正社員用の就業規則を適用するのもひとつの方法です。しかし、たとえばパートだった方を短時間正社員にする、転勤のない限定正社員にするなどの方法もあります。その際は、正社員や短時間制社員・限定正社員の区分に関する定義や労働条件などの違いについて明記することになるでしょう。

また、既存の就業規則を変更したり、新たに就業規則を作ったりした場合は、労働基準監督署に届け出た後、社内に周知する義務がありますので忘れずに行いましょう。

4-2: 無期転換の申し込みは拒否できない

無期転換ルールの条件を満たす有期雇用労働者が契約期間終了までに無期転換の申込みをしたときは、使用者はこの申し込みを承諾したものとみなされます。そのため、その労働者から申し込みがあった時点で、契約期間が終了する日の翌日から、期間の定めのない労働契約がはじまることになります。そのため、無期転換ルールの条件にあてはまる労働者からの申し込みは拒否できません。ちなみに、就業規則の制定・変更によって無期転換への申込みに期限を設ける場合は、その内容が合理的なものであることが必要ですので覚えておきましょう。

4-3: 契約終了間際に雇い止めすると無効になることも

無期転換の申し込みをしてきた有期雇用労働者に対し、契約期間終了を理由に雇い止めしようとしても、ただちにその申し込みが無効になることはありません。また、無期転換を避けるために、無期転換申込権が発生する直前になって更新できる年数や更新回数の上限を一方的に決めることも法の趣旨に反します。このように、契約終了直前に雇い止めにあたるようなことをすると、雇い止めの法理にてらして無効と判断される可能性もありますので注意が必要です。

無期転換ルールは有期雇用労働者にも長く活躍してもらうための制度ではありますが、その分企業への負担が重くなることもありえます。だからといって、簡単に雇い止めをすることはできません。無期転換した労働者の扱いや就業規則をどうすればよいかわからないときは、労働問題の経験豊富な弁護士にご相談ください。