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Business concepts, cutting bonus

業績悪化を理由に賞与(ボーナス)をカットできるか?

コロナ禍の中で売上げが落ちた顧問先の企業から,ボーナスの減額・不支給とすることはできるかという相談を受けることがあります。

2020年6月、新型コロナウイルス感染拡大による患者数の減少を理由に、「この夏のボーナスは支給しない」と東京女子医科大学病院より発表がありました。それを受けて、400人以上の看護師が一斉に退職の意向を示していることが大きくニュースで取り上げられたことは記憶に新しいのではないでしょうか。このあと、一転して病院側はボーナスの資金が確保できたとして、ボーナス支給を検討していることが報道されています。

病院以外にも、飲食業や宿泊業などのサービス業を中心に、コロナ禍で経営が傾いた企業も少なくありませんが、業績悪化を理由とする賞与(ボーナス)のカットや減額は許されるのでしょうか。今回は、賞与のカットまたは減額するための条件について、賞与の法的位置づけとあわせてフルサポートの弁護士が解説します。

1. 今年の賞与(ボーナス)支給状況

経団連は5日,大手企業の2020年夏賞与の最終集計結果を発表しました。これによれば,やはり新型コロナウイルス禍による収益悪化の影響で支給水準は前年を下回り,3年ぶりの低水準となっています。
しかし,この経団連の集計には,実は外食産業が含まれていません。ある大手居酒屋チェーンでは夏のボーナスを前年比3割減とし,5年ぶりに前年の水準を割るなど,このコロナ禍の打撃が賞与に更に大きく現れています。
現時点で,冬のボーナスは更に縮小するとの声も出ており,今回の経済打撃による企業の売上減少が,賞与に与えている影響は計り知れません。

2. 賞与(ボーナス)の法的な位置づけとは

ところで、「賞与」は法律上どのように規定されているのでしょうか。

第11条

 この法律で賃金とは,賃金,給与,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。

第24条2項

 賃金は,毎月一回以上,一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし,臨時に支払われる賃金,賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金については,この限りでない。

昭和22年9月13日基発17号

 定期または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額があらかじめ確定されていないもの

このように,労働基準法ないし通達,つまり法律上,賞与は賃金の一種として扱われています。

ただし,その支払においては私たちが日常認識している「給与」とは異なる点が見られます。すなわち,通常の賃金であれば毎月一回以上ないし一定の期日に支払わなければならないのですが,賞与はその対象からは除外されているのです。

2-1. 賞与(ボーナス)の支給根拠とは

上記のように,賞与は,通常の賃金とは異なる扱いをされています。
このように異なる取扱いをされるのは,通常の賃金と賞与ではその性質,支給根拠が異なるからです。これを,裁判例(昭和55年10月8日名古屋地裁判)では以下のように示しています。

賞与は勤務時間で把握される勤務に対する直接的な対価ではなく,従業員が一定期間勤務したことに対して,その勤務成績に応じて支給される本来の給与とは別の包括的対価であって,一般にその金額はあらかじめ確定していないものである。従って労務提供があれば使用者からその対価として必ず支払われる雇用契約上の本来的債務(賃金)とは異なり,契約によって賞与を支払わないものもあれば,一定条件のもとで支払う旨定めるものもあって,賞与を支給するか否か,支給するとして如何なる条件のもとで支払うかはすべて当事者間の特別の約定(ないしは就業規則等)によって定まるというべきである。

つまり,賞与は賃金の一種と定義されてはいますが,その中でも労務提供に対して当然に支払われる対価とは異なる包括的対価であり,その支給の有無は当事者間の特別の約定又は就業規則等によって定まると述べているのです。

よって,賞与は「法律上必ず支給しなければならないものではない」ということになります。賞与を支給するか否かは,会社と労働者の約束によって個々に決まっている,そしてその約束というのは,個々の合意ないしは就業規則等の包括的な合意であるということです。

2-2. 賞与請求権

賞与の請求権は,賞与の支給に関する決定事項の段階によって2種類あります。

①具体的請求権

 …各時期の賞与について労使交渉を経て合意が成立し,又は会社が支給額を決定した時に発生する,従業員から会社に対しての賞与支払いの請求権

②抽象的請求権

 …就業規則等に「支給する」ことのみが定められていて,支給に対する労使合意や金額の決定があるまで支払いの請求は行うことができない権利

繰り返しになりますが,賞与は,基本給等の通常の賃金と異なり,当然に支給を義務付けられているわけではありません。
ゆえに,各時期の賞与について労使が支給に合意し,その具体的な金額が決定した時に初めて,従業員は会社に対して賞与の支払いを請求する権利「具体的請求権」を有することになります。
つまり,就業規則等で単に賞与を「支給する」という趣旨の規定だけが設けられている,多くの会社はこのパターンかと思われますが,この場合,従業員は「抽象的請求権」を有しているに過ぎず,具体的に支給される金額が確定するまで会社に対し賞与の支払いは請求できないのです。

3. 就業規則の規定がカギに

賞与の減額・不支給に対する法的ハードルは,就業規則等で賞与規定がどのように記載されているかによって変わってきます。以下では,よくある記載を例に,3タイプに分けて説明します。

3-1. タイプ1:支給の有無・額が都度決定される場合

■就業規則での賞与の記載例

賞与は,会社の業績に応じ,第〇条に定める事項等を考慮して支給する。ただし,会社業績の厳しい低下その他やむを得ない事由がある場合には,支給日を変更し,または支給しないことがある。
賞与の支給額は,会社の業績に応じ,能力,勤務成績等を人事考課により評価し,その結果を考慮して都度決定する。

請求権の種類

上記のような就業規則は、賞与を支給しないことがあるという留保をつけつつ,都度,諸般の事情を考慮して支給額決定すると定めている一般的なタイプです。この場合,賞与の具体的な支給額が決定されるまで,従業員は抽象的請求権を持つにとどまります。

 

減額・不支給のハードル

上記のような就業規則では、従業員が持っているのは抽象的請求権にとどまりますので,規定に従い,賞与を例年より減額する又は支給しないことも可能と言えます。この場合,賞与は具体的請求権として労働条件化していないので,労契法10条の不利益変更は問題になりません。
ただし,規程中に例のような「会社の業績に応じ」等の記載がある場合,そのような事情がない中での不支給や大幅な減額は,債務不履行・期待権侵害による債務不履行として損害賠償責任が生じる可能性がありますので注意が必要です。

3-2. タイプ2:支給の有無が明確でない場合

■就業規則での賞与の記載例

賞与は,会社の業績労により支給する場合がある。

請求権の種類

支給する額はもとより,支給するか否かについても会社の裁量に委ねられているタイプです。このパターンでは,従業員は抽象的請求権すら持っていない状態です。

 

減額・不支給のハードル

賞与の支給はあくまで会社の任意に行われるものであり,努力義務に過ぎません。よって,賞与を減額・不支給とすることも可能です。
この場合には,労使慣行のみが問題となります。

 

3-3. タイプ3:支給額があらかじめ確定している場合

■就業規則での賞与の記載例

賞与は,6月と12月に基本給の2か月分を支給する。

請求権の種類

賞与の具体的支給額が既に確定している場合は,特段の労使合意や会社の決定を待つまでもなく,従業員は所定の支給月に具体的請求権を取得することになります。

 

減額・不支給のハードル

賞与の具体的な金額までが明記されている場合,その変更にあたっては労働条件の不利益変更が問題となります。
よって,個々の従業員の合意をとる又は労働協約を締結するという手続きを経るのでなければ,就業規則上の賞与規定の変更について,「変更の合理性」が求められることになります。
変更の合理性については,一般的には,基本給等の月例給与の変更より合理性が認められやすいと考えられます。ただし,賞与はその制度設計により様々な性質を持つため,個々の賞与設計がどのような性格のものかによって求められる合理性は変動します。

4. 過去の支給実績の影響は?

以上のように,タイプ1と2では原則として,いわゆる不利益変更は問題となりません。しかし,同タイプであっても,その減額・不支給について不利益変更に準じた議論がなされる場合があります。
それが,過去長年にわたり毎年同額の賞与を支給していた事実があり,その金額が「労使慣行」として労働契約内容となっているとされる場合です。労使慣行が労働契約内容として法的効力を持つには,次の要件を満たす必要があります。

  1. 同種の行為又は事実が長期間反復継続して行われたこと
  2. 労使双方が明示的にその慣行に従うことを排除・排斥していないこと
  3. その慣行が労使双方の規範意識に支えられていること

ここから分かるように,労使慣行によって支給が求められるためには,単に支給が長年にわたって続いてきたという事実だけでは足りず,労使双方の規範意識…一定額を支払うことを決まりとして取扱う意識があったかどうかが問題となります。

よって,賞与額の決定が毎年の交渉によって決定されている場合などは,例え前年度の支給額を下回らない額が支給され続けてきたという事実があったとしても,前年度の額を最低水準として具体的請求権が認められるものではありません。(松原交通事件 大阪地判H9.5.19)
一方,労使慣行が認められた裁判例(立命館事件 京都地判H24.3.29)もありますが,実務的にはこれを例外ととらえるべきでしょう。ただし,営業成績に基づいて自動的に賞与額が算定されている場合などは,使用者の明確な規範意識が認定されやすくなり,その算定方法を変更することが難しくなってしまいます。賞与額の決定には,毎年度何らかの交渉を経るなど,規範意識が明確にあったと認定されないような運用を心掛ける必要があります。

5. 退職予定者の賞与(ボーナス)

「うちの賞与は従業員のモチベーションのために支給しているから,退職予定者に支払うのは抵抗がある」などと感じることがあるかもしれません。
退職予定者への賞与支給はどのように取り扱うべきなのでしょうか。

5-1. 賞与(ボーナス)の性質

退職予定者の賞与を減額できるかどうかは,その賞与がどのような性質を持っているかによっても左右されます。
賞与には,主に以下の性質があると言われています。

  • ①収益配分的性質    … 会社全体が挙げた収益を分配するためのもの
  • ②功労報償的性質    … 従業員のこれまでの功労を評価するためのもの
  • ③労働意欲発揚的性質   … 将来の労働へのモチベーションを持たせるためのもの
  • ④生活補填的性質    … 従業員の生活費を補填するためのもの
  • ⑤賃金の後払的性質   … 賃金の一部を後払いする趣旨のもの

なお,通常,賞与はこのうちどれか一つではなく,複数の性質を含んでいるでしょう。

5-2. 退職予定者に関する賞与のカットや減額についての考え方

では,実際に上記の性質を考慮したうえで,退職予定者に対する賞与の減額はどこまで認められるのでしょうか。
この点,退職予定者には「今後のがんばり」に期待することはできないため、支給する賞与が含む「今後への期待」の割合,つまり③の割合に限って減額できる余地がある
と考えられています。

ベネッセコーポレーション事件 (東京地判H8.6.28)

退職予定者の賞与の大幅な減額が問題となった有名な裁判例として、ベネッセコーポレーション事件があります。

―事案―
中途入社の場合の賞与は,基礎額の4ヶ月分、12月31日までに退職する場合は4万円×在職月数が支払われていました。
本件の従業員は,いったん基礎額の4ヶ月分を受け取ったものの,その後年内に退職したため,会社が4万円×在職月数との差額について,返還を求めた事案です。

この事案で,裁判所は,年内退職予定者の賞与が非年内退職予定者の約17%となることは認められないと判断しています。

退職予定者と非退職予定者の間で賞与額に差を設けること自体は不合理ではないが,減額される82%の中には純粋な将来への期待部分だけではなく,過去の賃金という性質の部分も含まれているという理由によるもので,具体的には,非退職予定者の80%程度(20%減)にとどめるべきであるとの判決が下されています。

5-3. 支給日在籍要件

いくら退職予定であっても,賞与の算定期間も支給日も在籍している従業員に対しては,賞与を不支給とすることはできません。
一方,支給日に退職してしまっている者に対しては,賞与を不支給とすることもできます。それが,支給日在籍要件です。支給日在籍要件とは、賞与の支給日に会社に在籍している社員のみ賞与を受け取ることができるとする要件のことです。
この支給日在籍要件を設定する場合には,就業規則や賞与規定などで規定し、従業員に周知しなければなりません。

6. 産休・育休取得者の賞与(ボーナス)カットまたは減額できる?

「産休・育休」等は,昨今,取得が促されているところですが,これを取得した従業員についても、賞与の減額等は可能でしょうか。

6-1.産休・育休取得者の賞与減額についての考え方

産休・育休の取得は、法律で認められている正当な権利です。したがって、これらの休業・休暇の取得拒否や,取得を理由とする不利益な取り扱いは違法とされています。
しかし,その一方で、産休・育休を取得している間は原則として無給とされているため、賞与の算定期間として含めるべきかどうかは議論が分かれるところではないでしょうか。

6-2. 産休取得者が賞与(ボーナス)の支給対象から除外された判例

産休・育休取得者の賞与が争われた有名な判例として、東朋学園事件(最一小判H15・12・4)があります。

これは,賞与の支給対象を、1年を6ヶ月で2分した期間のうち90%以上出勤した者と定めていた会社で,産前産後休業+1日当たり1時間15分の勤務時間短縮措置を利用していた原告について,会社側がその期間を欠勤とカウントしたため原告は出勤率90%を満たすことができず,賞与の支給対象から除外されたという事案です。

この事案で、裁判所は,賞与が支給されない者の経済的不利益は大きく、産休や時短措置の利用を抑制する機運が生じることが強く懸念されるとし,「産前産後休業の期間や時短措置を受けた期間を算定期間に含めないことは、労基法や育休法の趣旨を実質的に失わせるものであり、公序に反して無効である」と判断しています。

産休・育休の取得促進に伴い,就業規則等にその取扱いを規定している会社も増えていると思いますので,賞与の算定期間の取扱いを規定する際には,注意しましょう。

賞与は1回あたりの金額が比較的大きくなりやすいため,従業員にとってもウェイトが高くなり,いくら業績が悪化したとはいえ不支給や減額とすると,トラブルを引き起こしかねないでしょう。
そのため,賞与を不支給または減額するときは慎重に検討し,従業員への説明や時には不利益変更を適切に行わなければなりません。そのようなときは、就業規則の変更を含め総合的なアドバイスやサポートをいたしますので、フルサポートの弁護士までお気軽にご相談ください。

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