契約書の中身と効力は

契約書が重要であることは,企業の経営者ならばよくご存じでしょう。顧問弁護士にとって重要な業務のひとつに,契約書のチェックがあげられるくらいです。

契約書が重要なものと言える理由には,契約書には法的拘束力が生じることにあるでしょう。例えば,作成した契約書の内容に反した行為を行うと、損害賠償など民事上の責任を追及される可能性があります。

契約書とは、何らかの目的事項(例えばお金の貸し借りや物の売買など)ついて,当事者間の合意内容を書面にしたものです。法律上は、契約書は特に書式が特定されていることもなく、一定の場合を除いて記載内容は当事者の自由です。
では,なぜこのような、ある意味では「自由な」文書で法的な責任を問うことができるのでしょうか。

自由だからこその法的拘束力

これは、そもそも「契約」がそのようなものであるか、ということに由来しています。
近代自由主義は、「身分から契約へ」というスローガンの下、人は身分や社会的地位によって行動を束縛されることはなく、自らの意思によって自由に行動することができると考えます。

しかし、一方で自由とは放縦を許すものではなく責任が伴うものとされています。つまり「自らの自由な意思で行った合意は、自らが責任をもって履行しなければならない」というテーゼが生まれたのです。
そして自らの自由な意思で行った合意こそが「契約」ですから、契約には法的拘束力が付与されるのです。

契約書は,「自由な」文書であるがゆえに生じる法的責任は重く,一言一句に対して顧問弁護士などによる厳しいリーガルチェックが大切と言えるでしょう。

契約書の機能

実は、民法上は保証契約等の一部の契約を除き、契約の成立要件に書面の作成は含まれません。よって、契約書を交わさなくとも契約は成立します。しかし、何らかの契約を結ぶ際には契約書を交わすことが望ましいとされるわけです。なぜでしょうか?
それは、契約書に「確認機能」「紛争予防機能」「立証機能」という機能が認められるからです。それぞれの機能とその中のポイントを確認してみましょう。

Ⅰ.確認機能

契約書を作成することにより、当事者にはまず契約内容を理解し、最終的に契約を締結するかどうか吟味する機会が与えられます。その上で、署名押印することで、当該契約が当事者の意思に基づいて成立したものであること、また成立の時期(日付)が明確になります。これを、契約書の「確認機能」といいます。

ここで、確認機能で確認される事項のひとつである「契約書の日付」にフォーカスを当てます。

契約書の日付

通常、契約書には契約書を作成した作成日が記載されます。これに対して、双方の署名押印が揃い、契約が法的に有効になった日を締結日と表します。
一般的に、作成日と締結日は一致することが多いですが、遠方の相手方とのやり取りで契約書を一度郵送して押印してもらうときなど、ずれが生じてしまうこともあります。すると、契約書を作成した時点では、契約の効力は発生していなかったことになり、何かと厄介です。よって、このような場合には、相手の押印が可能と思われる日付を契約書の作成日として記入し、可能な限り作成日と締結日は一致させておくべきです。

また、不可抗力のずれとは別に、契約の効力が発生するタイミングを操作するために
〈 意図的に実際の日付とは異なる日付を作成日として記載する場合 〉もあるでしょう。

後の日付にずらした場合には、それが契約書の効力をその日まで発生させないという趣旨であれば、
その日付は民法135条1項の「契約の始期」を定めたものに該当します。よって、署名押印の日に契約は成立しますが、その効力は記載した作成日まで発生しないことになります。

一方、前の日付に遡らせる場合、いわゆるバックデートに関しても、当事者間でその日から契約の効力を引き受ける旨の合意があれば理論的には問題ありません。何らかの事情によって、実際の取引が契約締結に先行してしまったような場合には、取引の開始日から契約締結日までの期間についても契約の効力を及ぼす必要があることは十分に考えられることです。

しかし、このように契約書の作成日を実際の締結日と異なる日にしてしまうと問題になるのが、署名押印を行った人に、作成日の段階では「まだ代表権が無かった」または「すでに代表権が消滅していた」という場合です。こうなると、後日契約の効力が争われてしまう恐れがあります。このようなリスクを回避するためには、やはり,契約書の作成日と締結日は一致させることが望ましいでしょう。

効力発生日

そこで、契約の効力を発生させるタイミングを契約書を作成する日付の前後にずらしたい場合に、代わりに利用できる方法としては、将来の日付については「効力発生日を定めること」以前の日付については「遡及適用を定める内容の条項を置くこと」です。

効力発生日とは、読んで字のごとく「契約の効力が発生する日」です。このような日を定めることについて特段法律上の規制はありませんので、契約内に効力発生日を定めて当事者が合意していれば、契約の効果はその日から発生するということになります。

対して遡及適用は、過去の時点を指定して、それ以降の契約に対しては契約内容を適用させる効果を指します。具体的には「本契約は、契約締結日に関わらずー年-月―日まで遡って適用される」という趣旨の条項を置くことになります。このように、契約に遡及効を持たせることも当事者の合意があれば、有効に行うことができます。

Ⅱ.紛争予防機能

契約そのものは、契約書を作成しなくても有効に成立することは先に述べました。
しかし、契約書を作成することで、合意内容が書面によって明らかにされるので、万一何かトラブルが生じた場合にも、口頭での合意における「言った、言わない」の水掛け論を回避し、相手の契約書の内容に反する主張は跳ね返すことができます。このように、無駄な言い合いを予防する働きを、契約書の「紛争予防機能」といいます。

このような観点からすると、当事者間に紛争が生じやすい契約・紛争が深刻化しやすい契約……例えば、取引が高額になるもの取引が複雑化するもの取引が即時完了しないもの民法の典型契約とは異なる形態のもの、に関しては、特に有効な契約書を作成する必要性が高いと言えるでしょう。

ただし、単に契約書という名前の書面を用意すれば紛争予防になるかといえば、それは間違いです。
契約書が紛争予防機能を果たすには、契約から生じる可能性のある様々なリスクを想定し、それに適切な効果を発揮する条項を定めなくてはありません。
少なくとも、目的の契約が典型契約にあたる場合は、契約書に記載のないことは民法に従って処理されますが、民法が想定していない事柄に関しては、個々の事案に沿った条項を用意することが望ましいです。
また、民法に規定のある事柄でも、民法の条文とは異なる処理を行いたい場合にはその旨の条項を置く必要があります。
さらに、民法の条文をそのまま適用する場合でも、契約の段階でその内容を具体化し、当事者間での解釈を確実に一致させておくことは、無用な紛争を防止することに大いに役立ちます。

紛争予防にまつわるポイントとして、典型的な条項を以下の3つに分けて例示します。

  • ①民法の条文に則る内容
  • ②民法の条文と異なる処理を規定する内容
  • ③民法の条文にない事柄について規定する内容
①民法の条文に則る内容
  • ・売買の目的物に瑕疵があった場合について
    • 民法570条/566条1項
      目的物に隠れた瑕疵があった場合,善意の買主は損害賠償請求をできる
          ↓
      「瑕疵」の内容を具体的に契約書の中で定義する条項を置くことで、瑕疵にあたるかどうか
      という紛争を防止する
    • 商法526条
      商人間の売買については、買主は目的物を受領したときには遅滞なく検査し、瑕疵を発見した時には直ちに売主に通知しなければ、瑕疵担保責任を追及することはできない
              ↓
      「遅滞なく」「直ちに」というあいまいな表現は争いになりやすいので、契約書には具体的な期間を定める条項を置くことで、該当性を明確にすることができる

 

②民法の条文と異なる処理を想定する内容
  • ・建物賃貸借契約の賃料について
    • 民法614条
      賃料は、動産・建物および宅地については毎月末に支払わなければならない
              ↓
      毎月末日までに、翌月分を先払いする旨の合意を契約書に定めることが一般的になっている
  • ・売買契約における危険負担について
    • 民法534条1項2項
      売主に帰責性のない目的物の滅失の危険は、契約と同時に買主に移転する
              ↓
      危険移転の時期を目的物の引渡時と契約書に定めることが一般的

      ※主張立証責任の所在の転換について
      紛争予防機能との関係は薄いように思われますが、裁判においての主張立証責任の所在の転換も証拠契約のひとつとして可能と考えられています。

 

③民法の条文にない事柄について規定する内容
  • ・製造者―代理店―消費者の商品販売ルートにおいて消費者から目的物の欠陥について賠償請求を受けた場合の対応について
    • 消費者は、大本の製造者と代理店、どちらに対しても損害賠償を請求できる権利を持ちます。この場合、大抵の消費者は直接の取引相手である代理店に対して損害賠償を請求する傾向にあります。
      その場合,以下のような民法に規定のない事態が多々発生します。

      • 対応に必要な商品の詳細な情報はどう入手するのか?
      • 代理店だけが賠償金の支払いを行わなくてはならないのか?
      • 代理店としては勝手に消費者への賠償を行ってから製造者に賠償金額を支払うよう請求できるのか?
      • 賠償金額の全額を持つように言えるのか?

      民法などの法律は、権利関係を定めることを主としており、実際のプロセスをいちいち規定しているものではありません。よって、契約書には、その手続き的な部分を補填して定めておく必要があるのです。
      先の例でいえば、

      • 消費者からのクレームには、製造者と販売者は情報共有など、協力して対応すること
      • 消費者からの、商品の欠陥を理由とした損害賠償請求に応じて賠償を行った場合には、製造者がそれを補償すること


      といった条項を、契約書に盛り込むことになるでしょう。

      加えて、特に重要な条項については、あえて「民法規定と全く同一内容の条項を置く」ことも有効に働く場合があります。というのも、その条項があることによって、「それに反する口頭の合意があった」という主張を退けることができるからです。

Ⅲ.立証機能

契約書は、紛争になってしまった場合には、裁判において重要な証拠になることができます。これを契約書の「立証機能」といい、この機能は契約書の証拠価値に由来します。

契約書の証拠価値は、形式的証拠力実質的証拠力の両方を満たすことで認められます。ただし契約書のような処分証書は、形式的証拠力が認められる場合、特段の事情のない限り実質的証拠力が認められるので、ここでは形式証拠力がいかに認められるかをポイントとして説明しようと思います。

契約書の証拠力

形式的証拠力がある状態とは、「その文書が作成者の意思に基づいて作成されている」と認められる状態です。そしてこれは、本人又は代理人の署名又は押印があれば推定されるとされています(民事訴訟法228条4項)。
すなわち、「本人又は代理人の署名又は押印が自己の意思に基づいてなされたことが証明されれば、文書全体が真正に成立したことを推定する」ということです。

加えて、判例は,作成名義人の印影が本人の印章によって顕出されたことが証明されれば、当該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと推定されるとしています。これは「文書にされた押印の印影が本人のものであることが証明されれば、それは本人の意思によるものであると推定する」ということです。

これら2つの推定を組み合わせると


契約書の押印の印影が本人のものであることが証明されれば

その押印は本人の意思に基づいてなされたと推定されるので

文書全体が真正に(作成者の意思に基づいて)作成・成立していると推定

という流れになります。これを「二段の推定」といい、署名又は印影のある白紙が他人に悪用された・文書に記載が後日改ざんされた・署名押印者から委託された事項以外の事項が記入された、などの事実がない限り、この推定が破られることはありません。
「押印」という行為に対して、かなり強い責任を求めている推定になっています。

企業法務と契約書

近年の企業法務は、紛争が起きてからの処理を主とする紛争処理法務よりも、事前に紛争を予防する紛争予防法務が重要であるということが言われています。

契約書には、ここで見てきたように、かなり広い当事者の裁量によってカスタマイズした契約内容に強い法的拘束力を持たせる力があります。契約書が、紛争予防法務において非常に重要な役割を果たすことは明白でしょう。

他方で、一度不利な条項が契約書に盛り込まれてしまうと撤回をするのは困難ですし、それに反した行為を行えば法的責任を問われるという危険性を帯びています。

だからこそ、契約書に署名押印する前に必ず「リーガルチェック」を入れるべきなのです。企業は日常的に、大小多数の契約に囲まれています。知らず知らずに、取り返しのつかない契約を交わしてしまい後から後悔することのないように、ぜひ顧問弁護士の利用なども検討し、安全な企業運営をしていただきたいと思います。

契約書顧問