契約書の作成というと「手間がかかって面倒だ」「取引先から嫌な顔をされるので作りたくない」と思ってしまう方も少なくないでしょう。実際、当所でも「契約書なき契約」に関する相談を多く受けてきました。
しかし、私たち弁護士を含め法律家は、「契約書は必ず必要」と口を揃えて言います。なぜなら契約書には、手間をかけても惜しくないほど大切な役割・機能があるのです。

誤解をおそれずに言うならば、契約書は民法よりも強いルールブックなのです。契約書を自社で作成しないということは,ルールを決める権利を放棄することと同様なのです。

この記事では、契約書のルールブックとしての役割を通して、契約書を作成するメリットや作成時の注意点について解説します。

1.「契約自由の原則」の中で契約書が担う役割とは

私たちの生活は、ビジネスの場面に限らず非常に様々な契約によって成り立っており、そのような契約には、「契約自由の原則」があります。この「契約自由の原則」が働く中で、契約書が一体どのような役割を担っているのかについて、まずは知っておきましょう。

1 – 1: 契約自由の原則とは

日本では従来、「契約自由の原則」が重んじられてきました。「契約自由の原則」とは、結んだ契約の内容が法令等に反しない限り、契約当事者の意思の合致によって契約内容を自由に決めることができるとする民法の基本原則のことです。今までは、条文として明文化はされていませんでしたが、2020年4月1日に施行された改正民法において、次のように定められました。

第521条(契約の締結及び内容の自由)

  1. 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
  2. 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

1 – 2: 契約は口約束でも成立する

契約内容の自由は,契約の内容のみならず,実は契約の方法についてもかなりの自由が認められています。

本来、契約は口約束でも適法に成立します。つまり、「~してくれませんか」という申し込みと「いいですよ」という承諾さえあれば良いのです。改正民法第522条において「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と規定されているのはこのことです。

したがって、特別法で定められていない限りは、契約書がなくとも契約は成立するということになります。

1 – 3: 契約書は当事者間の約束を定めた「ルールブック」

それでは、契約書の役割とは一体何なのでしょうか?
これに一言で答えを示すならば「当事者間で行われた約束ごとを載せるルールブック」でしょう。

先に述べた通り契約は「契約自由の原則」の下に成り立ってますので、契約書の内容は基本的には民法をはじめとする法律の規定に優先します。つまり、当事者間で自由に合意した内容を記した契約書が最優先なのです。

しかし、これがときに仇となります。ルールは、誰が読んでも同じように解釈されなくては意味を成さないものです。ところが、無意識のうちに「取引条件」や「責任の所在」等で内容があいまいな契約書を作成してしまっていることも少なくありません。すると、最優先となる「ルール」が崩れてしまい、これは将来的に大きなトラブルに発展する可能性があります。契約書のトラブルの代償は、多大な時間と心労を要する交渉や裁判、そして多額の損害賠償です。

このような事態を避けるため、何らかの取引を始める際には、トラブルを生じさせないようなルールブック=契約書を作らなければなりません。

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2.契約書を作成する3つのメリット

契約書を作成するときは、ひとつひとつのルールについて非常に細かく明確に決めなければならず、手間も時間もかかります。しかし、そのような労力をかけてでも契約書を作成することで、大きな3つのメリットがあることを知っておきましょう。

① 将来起こりうる法的リスクをコントロールできる

契約書を作成するメリットの1つめは、将来起こりうる法的リスクをコントロールできることです。
契約書の作成時にはまず、対象となる契約類型に特化して、将来起こり得る様々な法的リスクを多面的に洗い出します。
こうして、あらかじめ予測される法的リスクに対応した契約書をつくることができれば、実際に取引をしている中で、もし、想定していたリスクが実現してしまっても、被害を最小限にとどめ、自社の権利や利益を最大限確保できるのです。

② 合意内容を明確化できる

2つめのメリットは、当事者同士が協議をして合意した内容を明確化できることです。どんなに取引相手と契約内容を細かく話し合いで決めたとしても、口約束で済ませてしまうと、トラブルになった際には言った言わないの水掛け論になってしまうことが必至です。法的手段においては、目に見える「証拠」がすべてと言っても過言ではなく、内容を「契約書」として形にしなくては打つ手なしとなってしまいます。
よって、どのようなことを話し合い、その結果どのような内容で合意したのかを明確に書面に記しておくことが、大切なのです。また、人の記憶に「絶対」がないことは周知の事実であり、契約書の締結は、結果として紛争を未然に防止し、末永く円滑な取引を継続していけることにも繋がるのです。

③ 訴訟になったときに証拠として使える

万一、何らかのトラブルが生じて訴訟にまで発展したときに、証拠資料として使えるという点も、契約書を作成する大きなメリットです。
口約束でも契約は成立しますが、口約束では、その時、当事者同士でどのような合意に至ったのか客観的に証明することは難しいでしょう。裁判では、証拠を示すことができなければ不利な認定を受ける可能性もあります。
このような場面において、契約書があればどのような合意をしたのかは一目瞭然となり、強い味方になってくれます。

3.ウェブ上の契約書のテンプレートはそのままでは使えない

おなじみの検索エンジンで「契約書 テンプレート」「契約書 雛形(ひな型)」などと検索すると、さまざまな契約形態の契約書テンプレートが表示されます。一見、それらしい文言が並んでおり、手っ取り早く契約書の体裁を整えられるため、テンプレートをダウンロードしてそのまま使っているという方もいるでしょう。しかし、その契約書、砂の城かもしれません。

① よく読むと内容が「あいまい」になっている

ウェブ上でダウンロードできる契約書のテンプレートに書かれた内容は、あくまでもその契約書が対応しようとする契約類型において、一般的な事柄を抽出して載せてあるものにすぎません。そのため、各条項に書かれた文言には具体性がなく、よく読むと非常にあいまいなのものも散見されます。
先に述べたように、ルールは誰が読んでも同じように受け取ることができなくては意味を成しません。例えば、「商品Aの納入を行うのは納入日の朝とする」という条項があったとします。この条項の中に含まれる「朝」とは一体いつでしょう?正午までは朝だという人もいれば、10時までが朝だという人もいるかもしれません。
このように、それを読む人によって解釈が異なってしまう文言を用いると、当事者は当然ながら、それぞれが自社にとって都合のいいように解釈してしまいます。これでは、せっかく契約書を作成してもトラブルが絶えません。
テンプレートの文言をそのまま使ってしまうと、このような「文言の解釈」をめぐってトラブルに発展する可能性が大きいでしょう。

② 不利な条項や不要な条項が含まれている可能性がある

ウェブ上にある契約書のテンプレートをそのまま用いてしまうと、実は自社にとって不利に働く条項や、不要な条項が含まれていることもあります。これは、テンプレートの契約書が当事者のうちのどちらかに肩入れして作られていることによるもので、自社の立場に有利なテンプレートどうかを判断するのは簡単ではありません。
たとえば、損害賠償の条項で自社側の賠償の範囲が相手より広くなっているテンプレートを使ってしまえば、実際に損害賠償を請求されたときに、想定外に高額な賠償金を支払わなければならなくなるリスクもあるのです。
また、テンプレートは一般的な契約を想定して作成されていますので、自社の取引には当てはまらないような条項が含まれていることもあります。そのような条項は、契約内容を撹乱してしまうことになりますので、入れておくべきではありません。必ず削除する必要があります。

③ 最新の法律に基づいて作られていないことも

また、ダウンロードするテンプレートで考えられる最も危険な事態が、条項が最新の法律基づいた内容ではないことです。
2020年4月1日より改正民法が施行されています。このため,法定利率・消滅時効・損害賠償における債務者の帰責事由・個人保証の保護・瑕疵担保責任など、従来とは大きく変わったまたは明文化されたルールが幾つかあります。よって、2020年4月1日以前に作成された契約書のテンプレートでは、そのような法改正に対応していないものが多いかもしれません。
民法の他にも、毎年のように法改正はありますので、いつの間にか契約書は用をなさない「ただの紙切れ」になっている危険性があります。対象となる契約が関係する法律の改正については目を光らせ、契約書の内容が最新の法律に基づいて作られているかを精査する必要があります。

4.契約書を作成するときの5つの注意ポイント

契約書の作成においては、非常にさまざまな注意点がありますが、ここではその中でも特に注意したいポイントを5つ取り上げて解説します。

① 取引の実態に合っているか

契約書を作成するときは、取引の実態に合った条項を設定することが1つめのポイントです。
実態に合っていない契約書は、いざトラブルが発生した際に、その法的効力が思わぬ方向に働いてしまうこともあり得ます。契約書を作成するときは、業界特有の事情・背景や取引内容に加え、納期や支払期日なども無理のない内容で作成されることをおすすめします。

② 強行法規や公序良俗に反している内容がないか

先ほど、「契約書の内容は基本的には民法をはじめとする法律の規定に優先する」とお話ししましたが、法律の中には当事者の合意では塗り替えることのできないものがあります。それが、「強行法規」という公の秩序に関するルールです。強行法規は、主に消費者や労働者を保護するような規定によくみられます。
たとえば、消費者と事業者の間の売買契約で「事業者はいかなる理由があっても一切責任を負わない」とするような免責規定が盛り込まれていたとします。このように事業者側の債務不履行による損害賠償責任をすべて免除するような条項は、消費者契約法上の強行法規に反しているため、どんなに当事者が合意していても、無効と判断されてしまうのです。

③ 譲れない内容は明確になっているか

実は、すべての条項を自社にとって有利に設定した契約書が、良い契約書であるとは限りません。そのような契約書では、相手方との信頼関係においてバランスを欠く可能性があります。相手方と末永く取引を続けるためには、契約全体として、有利不利のバランスをとりながら、譲歩できるところは譲歩することも必要です。
ただし、それぞれ会社によって、「ここだけは譲れない」という部分があると思います。そのような「譲れない」部分を規定する条項については、相手方の利益を不当に損ねることがないよう気をつけつつも、契約書に明確に示しておくべきです。

④ 契約書はタイトルより「内容」が大事

「契約書までいかなくとも、『覚書』くらいでいいか」「契約書だと大げさな気がするから、『念書』としておこう」など、書面のタイトルを「契約書」とすることを避けようとするケースもあります。
しかし、タイトルが「契約書」でなくとも、当事者同士の約束事に関する書面であれば、その効力に違いはありません。トラブルになったときには、あくまでタイトルよりもその文書の中身が問われるからです。
よって、「覚書」「念書」などとしても、契約における相手方との権利・義務関係を定めてその合意内容を書面にしたものはすべて「契約書」とみなされますので、タイトルが契約書ではない場合でも、その内容を精査せずに書面に残す、また署名をするという行為は非常に危険なのです。

⑤ 誰が見てもわかるような表現になっているか

最後に、意外と大事な点として挙げるのが、誰が見ても等しく理解できるような表現で契約書を作成することです。
しばしば、業界用語や当事者間でしか通用しないようなオリジナルの用語などが契約書に用いられていることがあります。確かに、契約書に拘束されるのは契約当事者のみですので、当事者同士が明確に同じ解釈をすることができれば、本来問題はありません。
しかし、万一、紛争が生じて裁判になったときに、証拠資料としての契約書を読むのは裁判官です。裁判官は、当然そのようなオリジナルの用語の中身を知りません。この際、当事者がその用語の内容を同じように証言すればまだ良いですが、どちらかが自社に有利なように内容を変えて証言してしまえば、そこでまた新たな紛争が生まれます。
このような事態を避けるためにも、契約書は予備知識のない第三者が読んでも明確にわかるような書き方にする、または特殊な用語についてはその定義まで契約書に盛り込むことが必要なのです。

5.契約書の作成を弁護士に依頼したほうがよい理由

ここまで契約書の役割や作成時の注意点について述べてきましたが、最も望ましいのは、「安易にテンプレートを利用せず、自社の取引実態に合った契約書を1から作成すること」だと言えます。

ただ、法的に「硬い」契約書を作成するには、専門的な法律の知識が必要です。そのため、契約書の作成は法律の専門家である弁護士への依頼を検討するべきでしょう。

① 取引内容に合った契約書を作ってもらえる

弁護士に依頼すると、確実に自社の取引内容に合った契約書が作成できます。
弁護士は、依頼を受けますと、業界特有の事情や商慣習をはじめ、相手方と取引に至った経緯なども詳しく丁寧にヒアリングを行います。そして、法的根拠に基づきつつ、契約当事者双方の事情や、関係性にも配慮し、実態に即した契約書で円滑なビジネスをサポートさせていただきます。

② 自社にとって不利な条項の見落としがなくなる

自社に不利な条項などの見落としがなくなることも、弁護士に契約書の作成を依頼するメリットです。
やむをえずネットでダウンロードしたテンプレートを使って契約書を自力で作成する場合、法的な知識をもって確認を行わなければ、自社にとって不利な条項が巧妙に隠れていた場合、見落としてしまう可能性があります。

弁護士は、多くの契約書をリーガルチェックしてきた経験から、見落としがちな点も心得ていますので、安心してチェックをお任せいただけます。また、相手方に譲歩すべきポイント、逆に譲歩すべきでないポイントについても、弁護士にご相談いただければアドバイスをいたします。

③ 将来のトラブルを回避できる

依頼していただいて契約書を作成する際には、取引の実態を細かく伺いながら、あらかじめ想定できるリスクを洗い出して分析します。そして、そのリスクを最大限に回避し、また、ダメージを最小化させる文言を契約書に盛り込むこと、いわゆるリスクマネジメントを行います。
思いもよらないリスクや、回避方法が明らかになることもありますので、弁護士に契約書作成を依頼することは、将来起こりうる様々なトラブルの芽をあらかじめ摘んでおくことにつながります。

長く取引のある相手や、親しくしている相手と契約書を取り交わすとなると、少し気後れすることもあるかもしれません。

しかし、親しい間柄だからこそ、合意内容を明確に示した契約書を締結しておくことで、不要な紛争を回避し、より強固で円滑な信頼関係を永く築くことができるのではないでしょうか。

自社と相手、双方のために、「契約書」の作成を弁護士に依頼されることをおすすめします。