伝統的な給与体系である年功序列型の「職能給」が、成果報酬的な「職務給」に取って代わられようとしています。
「職務給」の台頭の背後には「労働市場の変化」があります。そして、「同一労働同一賃金」の施行により、職務給の導入はさらに加速するでしょう。

職能給…人を基準に賃金を確定。年功序列になりやすい。

職務給…仕事を基準に賃金を確定。成果主義となりやすい。

 

以下では、職能給と職務給の比較、職務給への変更の注意点について解説いたします。

職能給と職務給

外資系の大企業を始め、中小企業でも外国人を雇用している企業も増えてきているのではないでしょうか。外国と日本では基本となっている賃金体系が違うこともあり、外国人労働者から給与についての不満を訴えられることは多いようです。
外国人でなくても、契約社員と正社員、ときには正社員と正社員の間でも、賃金についての不満は少なくありません。

日本では長らく「職能給」が基礎となっていたのに対し、外国では「職務給」の賃金形態が一般的です。

職能給

「職能給」とは、賃金を基礎づけるのが人そのものに対する評価となっている賃金体系です。
よって、定年までの終身雇用が基本とされ、勤続年数が長くなるほど賃金が上昇する「年功序列」になるわけです。

職務給

一方、「職務給」とは、人そのものではなく、その人がこなした仕事を評価対象とします。勤続30年のベテラン社員とこの春採用された1年目の社員であっても、こなしたが同じであれば、賃金は同じになる仕組みです。

つまり、この賃金体系の柱となる考え方は「同一労働同一賃金」なのです。

働き方改革と職務給

日本でも今回、働き方改革によって、大企業では2020年4月から、中小企業では翌年4月から「同一労働同一賃金」を定めた改正法が施行になります。

この改正の目的は、「正規雇用と非正規雇用の不合理な格差の解消」で、2020年の施行に至る前に手当の支給格差について同一労働同一賃金ガイドラインを踏まえた判決が「ハマキョウレックス訴訟」にて示され、多くの企業が対応に追われたことでも注目されました。

このように、同一労働同一賃金が導入されていくことによって、日本の賃金体系も年功型の「職能給」は崩壊して行き、「職務給」に近づくと見られています。
大変なことのように思えるかもしれませんが、日本の労働力の現状を考えると、この変化を受け入れないことによるデメリットは決して無視できません。

給与制度と労働能力確保

労働力の確保が最重要課題となっている現代において、職能給に固執することは、労働力の確保が困難となるおそれが高いです。

外国人労働者

例えば、外国人労働者について考えてみましょう。その人数は2018年10月末時点で約146万人にまで増加しており、その増加は留まるところを知りません。
外国人労働者の多くは、日本に永住しようと考えているわけではないため、現在の勤続年数を積み上げて賃金を上昇させていくという年功型の賃金制度(職能給)にメリットは感じません。「正社員よりも働いているのに賃金が低い」と、モチベーションの低下に繋がってしまいます。

若手社員

また、職務制度へ変化できないことは、若年層の労働力の喪失にもつながるでしょう。
売り手市場と称される現在の就職事情を鑑みれば、年功型の濃い賃金体系の企業を選ばずとも就職先を見つけることは簡単です。
現在はまだ年功型の賃金体系を採っている企業が多くても、改正法の施行に合わせて職務給になる企業が増えてくるでしょう。そうなりますと、若くとも優秀な労働者は、「仕事」を評価し対価として全うな賃金を与えてくれる企業へと転職を考える可能性も大いにあります。

職務給に移行するメリット

更に一歩進んで、反対に職務給に移行するメリットも考えてみます。勿論、先に述べたようなデメリットを回避できることもメリットの1つです。
加えて、仕事を見て評価してもらえないことを理由に、就職とともに海外へと流出していた日本の優秀な人材が、日本の企業を選択するようになることが考えられます。逆に、「日本でならば自分の仕事を評価してもらえる。」と感じた優秀な外国人が日本に来るという可能性も上がることになります。

少々スケールの大きな話にはなってしまいましたが、賃金体系をグローバルな基準に合わせていくことによって人材の市場は広がり、確保した人材をみすみす逃してしまうリスクも減らすことができるのです。

同一労働同一賃金は職能給の導入のきっかけ

しかし、長らく年功型の職能給を採用していた日本企業……特にベテラン社員の占める割合が多い企業では、急に賃金体系を職務給に切り替えることは、簡単なこととは言えません。そのような企業では、「年功型の職能給」と「成果主義の職務給」との共存を図る形を目指すべきでしょう。

また、たとえ好まざるとも、「法令に対応することを目的として同一労働同一賃金を導入する」必要はあります。同一労働同一賃金を導入することで、自然と「職務給」の導入することになるでしょう。

その場合には、判例にも示されているように、支給目的に合理的な差が生まれようのない手当などは、共通の支給内容にしなくてはなりません。
基本給賞与については、表向き職務内容が同一であっても、長期勤続を前提とした「キャリアプラン」や、目標を達成できなかった場合のペナルティの差を始めとする「責任の重さ」などを理由とした相違は、合理的な理由に基づく相違として認められるとみられています。

もっとも、同一労働同一賃金の導入期限は間近に迫りながらも、同制度に関する議論は未だに錯綜しています。HPで拾い読みした知識で制度改正に着手しますと、大失敗をする危険がありますので、注意が必要です。

職務給導入時の注意点

職務給について前向きな考えを持っている企業も、職種によっては安易な導入はお勧めできません。例えば、導入が難しい職種としてIT業界が挙げられます。

職務給は、職務内容が明確明瞭である企業ほど親和性の高い制度です。裏を返せば、プログラマーやエンジニアなど、同じポジションでも担当することができる業務に難易度の差があるIT技術職において、正しく職務給を適用するのは思いのほか難しいということになります。

職務給を採用する場合、日本では職務記述書といって、一般的に「職務名」「仕事内容」「必要な能力」などの項目で作成される文書を作成します。
職務給では、職務が賃金に直結するわけですから、仕事内容は誰が見ても納得できるように、明確かつ具体的に定められている必要があります。
しかし、IT業界の職務記述書は、抽象的な表現が用いられている・違うポジションでも一語書き換えただけの内容、というケースが珍しくありません。これでは、せっかく職務給を導入しても、後に他の社員との賃金格差が問題になることも考えられてしまいます。

導入にあたっては、その契約に抜け目がないように内容を設定し、リーガルチェックなども行うことができると望ましいでしょう。

職務給への時流

同一労働同一賃金の導入によって、「職能給」から「職務給」へと賃金体系が移行していく流れは必至でしょう。ただし、その流れの最先端に立つ必要まではない企業が多くあるのも現実です。
そのような企業では、「正規雇用と非正規雇用の不合理な格差の解消」という改正の趣旨だけは念頭に置いたうえで、相違を設ける場合には、雇用形態のみではない合理的な理由を付すことが重要です。

ともあれ、労働力確保の観点からも、法(同一労働同一賃金)の観点からも、労働者に賃金の相違について詰め寄られた際、「君とはそういう契約だから」の一言ではもう済まない、ということを肝に銘じる必要があるでしょう。

当事務所では派遣会社の同一労働同一賃金(労使協定方式の締結)への対応をサポートしています。

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