「債権」という権利は、持っていることによって価値を発揮する種類の権利ではありません。債権の内容が実行されて初めて、真の効果があらわれるものです。そのため、債権はどれだけ「回収」できるかが、一番重要なポイントといえます。
そこでこのページでは、債権回収率をアップさせる方法をまとめてご紹介していきます。
そもそも「債権」とはなにか?
辞書では、「債権」とは「特定人(債権者)が他の特定人(債務者)に対して、一定の行為(給付)を請求することを内容とする権利」と説明されています。
例えば、Aさんが、知人Bさんに「100万円のお金を貸す」という契約をした場合を想定します。するとまず、その契約上ではAさんが債権者、知人Bさんが債務者と呼ばれることになります。そして、AさんはBさんに「100万円を返せ」と要求することができます。
このように、債権者が債務者に対し100万円の返還を請求する権利を「債権」といいます。
つまり「債権」は、持っているだけでは、現実的な経済価値はないに等しいといえます。よって、債権は、例えば貸金の返還を要求して実際に返還してもらうなど「実行」されることが非常に重要なのです。
未回収債権の怖さ
現在の経済社会は、いわゆる「信用取引」によって成り立っています。
この信用取引を基礎とする事業活動は、単に見かけの売上げが上がれば終わるものではなく、回収がなされてはじめて実質的な売上げが確保されることになります。回収がなされていないということは、具体的には、相手方に貸した金銭を返してもらえない、売った商品の代金を支払ってもらえない、という状況になっているわけです。
そして、このような未回収を放置しておくと、いつの間にか売上げ額と実際に手元にある額が大幅に相違し、最悪の場合には取引先が倒産した際、慌てて債権を回収しようとしても、取引先企業には回収可能な資産が残っておらず永久に回収不可能となってしまうことにもつながります。
これが、近年増加している「黒字倒産」の実態の1つであり、企業としてこれは最も避けたい事態です。
未回収を防ぐ第一手「契約書」
それでは、確実に債権を回収するためには、どうすればよいのでしょうか。
第一歩としては、取引開始時に気をつけることです。
債権回収が不能な状態にならないように、取引を開始しようとする相手方について支払能力などの調査を行うことが初段階としては大切になります。
しかし、取引開始段階では適格性を有していた企業であっても、いつ何時、経営難に陥るかは分かりません。よって、万が一の場合に債権の回収・保全の前提として、自社が相手方企業に対して債権を行使できるよう、裏付けが必要になります。
そこで、最も重要な証拠となるのが「契約書」です。契約書の作成は、自社の債権の存在を明確に立証するための重要な拠り所です。十分に気を使って、その作成を試みるべきです。以下、契約書作成に関する基本的な事柄を挙げます。
①契約書の種類
例えば、契約書の種類としては、「基本契約書」と「個別契約書」の区別などがあります。
対象契約が、売買契約・下請契約・業務委託契約などで、反復継続的な取引が予定されている場合、契約開始時にまず「基本契約書」を締結し,個別取引の際に「個別契約書」を作成知る形が一般的でしょう。
基本契約とは、特定の取引先と反復継続的な取引が行われる場合に、すべての取引に共通する基本的な事項を定める契約を指します。例えば、代金の支払い時期やその方法、商品の引き渡し方法などの基本的な事項を定めます。
②契約書の表題
契約書の表題には様々なバリエーションがあります。最も大きなくくりでは「契約書」「合意書」「覚書」などが挙げられますし、基本契約書では「売買取引基本契約書」「継続的商品売買契約書」、個別契約書には「発注書」「注文書」といった表題が多く用いられています。
契約内容の実態に合った表題を選択することで、相手との意思を統一することができるでしょう。
しかし、少なくとも当事者間で拘束力を持つのは、表題そのものではなくあくまでその内容になります。
③調印
契約書の調印は、法人の場合、記名押印になります。押印の際には、角印ではなく法務局に登録している代表者印を捺印するようにします。個人の場合には、実印での押捺を求める必要があります。
④日付
日付のない契約書を見かけることもありますが、万一の際に契約の効力発生時期を明確にするためには日付の記載が必須です。
より明確に発生時期を確定させるためには、公証役場で確定日付を受ける方法も考えられます。
債権保全と契約書
「債権保全」とは、債権を確実に回収するための施策です。債権の回収が急を要する状況では、すでに取引相手の資金繰りが立ちゆかなくなり、支払の焦げ付きが予想されるような場面ですので、債権回収の可能性は著しく低くなってしまいます。
そこで、事前に取り得る手段として、契約書内に債権保全のために有効な契約条項を定めることが考えられます。以下に、検討すべき条項を挙げます。
①期限の利益喪失条項
契約において履行時期を定めた場合には、基本的にはその時機が到来するまで相手方に債務の履行(例えば支払い)を催促することはできません。
これを、債務者の利益として捉えることから、「期限の利益」と言います。
民法137条では、期限の利益が喪失する場合を定めていますが、より迅速な債権回収のため契約において、債務者に一定の事由が発生した場合には期限の利益を喪失させ、直ちに支払を受けられるように定めることができます。これによって、債権回収が不能になってしまうのを、手をこまねいて見ているしかないという状況を防ぐことができます。
②無催告解除条項
債務が履行されない場合、原則は催告をして履行を促すことになっています。
しかし、相手方に何らかの信用不安が生じた場合にも、自社は商品を引き渡すなど債務の履行をし続けなくてはならないとなると、後日、保全や訴訟を通して回復しなくてはならない損害が拡大することになりかねません。
このような事態を避けるため、契約書に「無催告解除条項」という項目を定めることができます。これは、債務者が条項に定める一定の義務に違反した場合に、債権者である自社が催告なしに契約を解除することができるという内容を定めるもので、損害を最小限に抑えることができる効果があります。
③相殺予約条項
現実に相手方の債務の履行がない場合や、信用状態が悪化しており任意の履行が期待できない場合には、債権回収方法として「相殺」を利用することができます。
本来、相殺を行うためには相殺適状といって、相殺ができるために必要とされる一般的な条件を満たす必要がありますが、契約書にあらかじめ特約を設けることによって、当事者がそれぞれ相手方に対して債権債務を有している関係の場合にはいつでも、相当額で相殺できるとすることができます。これによって、信用不安が生じた際に相殺適状に至っていなくても、直ちに債権回収の効果を発揮することができます。
④所有権留保条項
この条項は、売買等により商品を引き渡した場合であっても、その代金が完済されるまで「所有権」を売主(債権者)の元に置いておくという内容になります。
この条項を設置し、所有権を引き渡さないでおくことによって、債務者に万一のことがあり商品が他の債権者によって差押えなどにあっても、異議を申し立て強制執行を逃れることができる他、債務者が破産手続に入ってしまっても商品を引き揚げることが可能になります。
強制執行認諾付きの公正証書が最有力
公正証書とは、公証役場の公証人が作成する公文書です。そのため、文書の内容に対する信ぴょう性が高く、裁判になった際にも有利に働きます。
また、公正証書を作成する際に「強制執行認諾の文言」を含めることができれば、なおよいでしょう。強制執行とは、相手方の財産を差し押さえて、競売にかけ、そこから強制的に支払いをまかなうことなどができる制度です。
「強制執行認諾の文言」として、債務者が支払いを怠れば、直ちに強制執行に服する旨の合意を得ておけば、差押えなどの保全手続きや訴訟手続きを経ることなく、強制執行の手続きに入ることができますので、最も簡便に債権を回収することができです。
確実な債権回収のために先行投資を
債権を確実に回収することができるか否かは、事前準備にかかっています。相手方の資金繰りが怪しくなり、債権の未回収が明らかになった時点で慌てて対応策を練っても、他の債権者が先に債権を回収してしまったり、そもそも回収できる資産がなくなってしまっていたりするためです。
ひと昔前は、弁護士が中小企業に契約書の確認をすると「取引先に嫌がられることを考えると言い出せない」「慣習上、契約書など作らない」という返答が返ってくることもしばしばでしたが、現在は契約書の必要性が広まり、契約書そのものがないという企業はかなり少数派になっていると思われます。
取引にあった契約書を作る重要性
しかし、契約書は交わしているという企業の中でも、契約書作成の費用を抑えるために、インターネットなどに掲載されているいわゆる「ひな形」の契約書を利用しているという企業はまだ多く見られます。
ひな形を利用しても、当事者双方の企業名などが入っていれば契約書としての体はなしますが、そのような契約書では、取引内容の個別事情にそぐわなかったり、確実な債権回収に必要な条項が盛り込まれていなかったりと、いざというときに自社を守ってくれる契約書にはなっていないことがほとんどです。
有用な契約書なしに事業を進めることは、保険に入らずに自動車を運転するようなものです。トラブルがない間は問題ありませんが、トラブルが生じたときには取り返しがつかなくなることがあります。
では、有用な契約書を作成するための最善の方法とは何でしょうか。それはやはり、弁護士などの法律の専門家に相談し、債権のベースとなる契約書にリーガルチェックを入れることです。まだひな形契約書で対応しているという方は、甚大な損害を防ぐための先行投資と考えて、ぜひ一度、弁護士に契約書の作成・リーガルチェックを依頼されてみてはいかがでしょうか。