ITによる実店舗の台頭
最近国内では、かつて一世を風靡した百貨店から専門店、書店などの閉店や店舗削減のニュースが後を絶ちません。
大きな背景の1つには、ITを駆使してワールドワイドに事業を展開するEC事業者の台頭が挙げられます。EC事業者の中には、他事業者の商品を売る小売業の位置づけを飛び出し独自のブランドを展開するものまであり、もはやネットで買えないものは無いと言っても過言ではありません。
薄れていく実店舗の必要性
インターネットが加速させるコモディティ化と低価格競争
「コモディティ化」という言葉をご存じでしょうか。
元は「日用品」「必需品」などという意味の言葉ですが、この場合は簡単に言えば「市場に出る時には高付加価値を持っていた商品の市場価値が低下し、経済価値が同一化すること、一般的な商品になること」を指します。
例えば、近年の携帯電話会社などはこの現象に悩まされている例です。
各社が高付加価値としていた機能や品質などの特徴が薄れ、市場価格のみを基準に商品が選択されるようになることで、メーカーは低価格競争を強いられることになります。
インターネット技術の普及により情報格差の解消されたことで、低コスト生産が可能な新興国が市場のトレンドをキャッチアップできるようになったことが、コモディティ化を加速させた要因の1つと言われています。
情報が低価格競争を加速させる
インターネット技術は、販売店間の低価格競争も加速させています。
インターネットでは、販売店の価格を比較したサイトが散見されます。このようなサイトにより、販売店は、町内の他店舗との価格競争ではなく、全国規模の価格競争を強いられることになります。
特に比較サイトの円熟化の進んでいる家電製品の販売店は、1円単位の競争にさらされており、1日の間に数回、値札を付け替えることもあるそうです。
低価格競争を勝ち抜くEC事業者
低価格競争と相性がよいのがEC事業者です。
EC事業者は、店舗の維持費用を上乗せする必要がないため実店舗での販売に比べて相対的に安くできます。
そして、低価格を打ち出すことができれば、比較サイトなどにより情報は拡散されて、全国から購入者を呼び寄せることができます。
EC事業者やIT化の影響をいち早く受けたのは書店です。出版市場は1990年代後半から約20年にわたって「出版不況」と言われており、年を追うごとにECでの書籍の取扱い種類は増えていきました。
更に電子書籍が登場したことによって店舗に出向いて書籍を購入する必要性はいよいよなくなりました。
現在では、書籍に限らず、どんどんとEC化が進んでいます。
国内でEC化が進んでいる分野としては、以下のようなものがあげられます。
- 1位:事務用品・文房具 40.79%
- 2位:生活家電、AV機器、PC・周辺機器等 32.28%
- 3位:書籍、映像・音楽ソフト 30.80%
- 4位:生活雑貨、家具、インテリア 22.51%
経済産業省 平成 30 年度「我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備」より
ITによる意外な縮小
EC化の波により、商品の販売を主業務とする店舗が閉店や規模縮小に追い込まれる中、意外な業界も大規模な店舗削減に乗り出しています。
金融業界、つまり銀行です。2020年代には3メガバンク合計で3万2000人分の「業務削減」を図る方針となっており、公表時には世間を驚かせた一大ニュースでした。
この削減も、大きな原因はIT化の余波です。
いわゆる「FinTech」の拡大で、多くのベンチャー企業が金融分野に乗り出し、スマートフォンがあれば送金・決済が可能なシステムを作り出しました。
これによって、ATMやこれまで駅前の一等地に構えていた支店の必要性がなくなっていく、そんな5年後10年後の金融の姿を見越した舵取りと言えます。
IT化の中で実店舗が生き残る道
あらゆる業界でIT化が進み、実店舗の必要性が薄れていく一方のようです。
では、実店舗はITに駆逐されていく運命なのでしょうか。
実店舗が生き残るには、まず、デジタルシフト(DX)により、効率化を図り、価格競争力を上げることが考えられます。もっとも、それでもECに低価格競争で勝つことは難しいでしょう。
そこで、次なる視点としては、「いかに実店舗の価値を上げるか」です。
実店舗の価値とは
「実店舗の価値」とは「誰」が決めるものでしょうか。
インターネットの評判で、店舗の価値が決まるようにも思えますが、価値を最初に判断するのは店舗の利用者である「顧客」です。インターネットの評判は、「顧客」の意見が反映されたものです。
よって、顧客が店舗で得る「価値」こそが、「実店舗の価値」と言えます。
では、次に、顧客が店舗で得る「価値」を決定づける要素とはなんでしょうか。
もちろん、特別な商品があることや、商品価格は顧客の満足度を左右します。しかし、コモディティ化・低価格競争が進んでいる近年では、これらで他店との差別化を図り、顧客の満足度を勝ち得ることは極めて難しいでしょう。
そこで、近年重要な要素としてとらえられているのが「CX(顧客体験)」です。
CX(顧客体験)
CXは、CustomerExperience(顧客体験価値)のことで、アメリカの経営学者であるH・シュミットが提案した言葉です。
スターバックスが、この「顧客体験」を取り入れて世界的に成功を収めていることが有名です。
CX(顧客体験)とは
CXとは、商品の金銭的・物理的な価値ではなく、その商品を利用した際や店舗を訪れサービスを受けた際に感じる満足感や効果などによる、心理的・感覚的な価値のことを指した言葉で、価値の種類は5つに分類されます。
そのうちのいくつかはIT化の流れとも非常に親和性が高く、近年注目の的となっています。
CX(顧客体験)の5類型
1.感覚的価値(SENSE)
視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感を通じて得られるものによってもたらされる価値
例)VR・AR
2.情緒的価値(FEEL)
店舗での接客や丁寧な気配りなどのサービスを通して、顧客の感情に訴えかける価値
例)ホテルのコンシェルジュ
3.創造的価値(THINK)
従来にはなかった種類の商品や企業コンセプトのアピールによって、顧客の知的好奇心や探求心を刺激して生み出される価値
例)AIロボット・ドローン
4.行動・ライフスタイル全般の提供価値(ACT)
普段の生活では得られない体験を提供することで、ライフスタイルに変化を起こす価値
例)テーマパークなどのエンターテイメント空間
5.共創的価値(RELATE)
顧客自身が、他者と体験を共有しながら一緒に商品やサービスに参加できる一体感に訴えかける価値
例)インターネットのコメント機能・ランキング機能
ITが高める実店舗のCX(顧客体験)
CXの5類型の中でも、ITとの組み合わせがよさそうなのは、行動・ライフスタイル全般の提供価値や、感覚的価値でしょう。
最近の例では、水族館において、水中の生き物の名前を表示するスマホアプリ(モバイルAI/ARシステム)の無料体験体験キャンペーンが行われたことが話題になりました。これも、「感覚的価値」を高める試みと言えるでしょう。
あるいは、店頭に販売商品・サービスを疑似体験できるようなVR機器を設置すれば、顧客の「感覚的価値」を高めることもできるでしょう。
そして、店舗で提供される経験が非日常的な体験であればあるほど、顧客にとっての「行動・ライフスタイル全般の提供価値」も高まることになります。
実店舗を、単なる商品の購入場所と位置付けていては、ECに勝つことはできません。実店舗に「顧客体験」を付加する工夫をすることで、ECとの差別化を図ることができます。
オラクル社がCX可視化へ
データベース管理システムを中心とした企業向けソフトウェアの開発を行っているオラクル社が主催となり、2019年3月19日から21日まで開催されていた「MCX2019」では、もう一歩進んだCXの在り方が「CX Unity」と称して提案されました。
同会で、米オラクルにてCX Cloudの責任者を務めるRob Tarkoff氏が、現在のCXでの最重要項目として挙げたのは「リアルタイム性」です。同氏は、オンライン・オフライン・サードパーティの顧客ソースまでも活用し、リアルタイムでCXを可視化し顧客理解の促進を図ることを宣言しています。
ITが高める実店舗の価値
オラクル社の事例は実店舗に限らない取り組みですが、このように「顧客価値」を高めていくことで、追い込まれた実店舗の立場を回復することができる可能性は十分にあります。
ITと実店舗を組み合わせることで、ECには追従できない高価値を付加する扉が開けます。単なる店舗削減だけで「座して死を待つ」のではなく「出て活路を見出さん」。成功への鍵はIT化です。