これまで、世界では、工場の機械化が進んだ第1次産業革命、電力による大量生産を可能にした第2次産業革命、そして初期の情報技術を用いた第3次産業革命と、3度の産業革命が起こってきました。

そして今、「第4次産業革命」が起きようとしています。
第4次産業革命は、IoTおよびビッグデータ、AIのような近代の情報革新によって利用者個々のニーズに即したサービスの提供、業務の効率化、新産業の創出などで生活の質の向上をもたらすと言われています。
 

次の社会「Society5.0」

これまでも産業革命は、単なる技術の進歩に留まらず、社会をも変えてきました。今度の第4次産業革命もまた新たな社会を作ると期待されています。

内閣府の発表している科学技術施策において、提唱されているのが、「狩猟社会(Society1.0)」、「農耕社会(Society2.0)」、「工業社会(Society3.0)」、「情報社会(Society4.0)」に続く、「Society5.0」の社会像です。

「Society5.0」は、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と定義されています。

今までの社会では、知識や情報が共有されておらず、情報を見つけたり分析したりすることに労力が必要な場面がありました。しかし、「Society5.0」が実現したとき、全ての人とモノが繋がり、必要な知識と情報が、必要なときに滞りなく提供される社会になると考えられています。

このような、新社会「Society5.0」が生きるためのいわば「酸素」となるのが、膨大な情報、すなわち「ビッグデータ」です。
 

ビッグデータが生み出す膨大な経済的価値

近年は、ICTの進展やAIの進化によって、ビッグデータの収集規模と分析精度も、大きく進化しています。
ビッグデータを収集する企業は、データを既存のサービスの向上・最適化に利用するのみならず、新たなサービスの開発にも利用したり、他社に提供したりすることで、さらに大きな利益を得ています。
集積されたビッグデータからは、二次的に膨大な経済価値が生じていると言えるでしょう。
 

ビッグデータの覇権

すでにGAFAといった世界を代表するプラットフォーム企業は、インターネット上での視聴や消費行動に関する「ビッグデータ」の覇権争いを制した形となっています。

GAFAは、いち早くプラットフォームを無料とすることで、多くのユーザを囲い込み、膨大なビッグデータを獲得できる確固たる地位を築きました。彼らは、ビッグデータを集積することの価値に気づいていたのでしょう。これは、まさに「先見の明」があったと言えるでしょう。

ただし、GAFAを始めとして、これまで集積されてきたビッグデータは、インターネット上のプラットフォームで入手される「バーチャルデータ」が中心でした。しかし、今後は、ユーザの実生活における活動から入手される「リアルデータ」の活用が期待されています。

バーチャルデータ:インターネット空間での活動から生じるデータ。検索エンジンへの入力、SNSへの書き込みなど

リアルデータ  :実社会で生じるデータ。IoT機器・情報家電・自動車などのセンサーから取得される健康情報、走行データなど

バーチャルデータ
インターネット空間での活動から生じるデータ。検索エンジンへの入力、SNSへの書き込みなど

リアルデータ  
実社会で生じるデータ。IoT機器・情報家電・自動車などのセンサーから取得される健康情報、走行データなど

 

バーチャルからリアルへ

ここ5年ほどのIoTの普及は著しく、総務省の発行する「情報通信白書(平成30年度)」によれば2020年には世界中で400億個を超えるIoTデバイスが利用されることになると予想されています。この膨大な数のIoTにはセンサが取り付けられており、そこから様々な情報が収集されていくことになります。

ビッグデータのは、その特性として、一般的にはデータの多量性(Volume)リアルタイム性(Velocity)多種性(Variety)の「3V」があげられています。
今までは、リアルデータはビッグデータの特性を備えていないと考えられていました。しかし、IoTの爆発的な普及と、IoTからのデータを集積し分析するICT・AIの進歩は、リアルデータに3Vの特性を与えました。リアルデータは、最早、正真正銘のビッグデータになったと言えるでしょう。

今後は、小型センサ等を通して、現実の経済活動から得られる「リアルビッグデータ」の集積に関する覇権争いが本格化していくでしょう。
実は、この領域がGAFAの弱領域と言われており、世界を見渡しても未だ覇権企業は現れていません。
つまり、日本企業にとっても、まだまだ勝算のあるフィールドと言えるでしょう。

 

ビッグデータと法律

これからは、ビッグデータを駆使するものが、ビジネスを制する時代になっていくことは間違いないでしょう。
そして、ビジネスを展開していく上では、ビッグデータの分析を他企業に依頼したり、ビッグデータを共有・売買したりすることは、避けられなくなっています。
すると、当然、企業として心配されるのは、データの無断利用や、無断譲渡・無断複製といった問題です。

この点、今までのビッグデータに関する法律論は、ユーザのプライバシーに関する議論が先行しており、企業が有するビッグデータの経済的価値・財産性を保護に関する議論はあまりなされてきませんでした。

このため、ビッグデータの財産性に関して、その所有者である企業を保護する法律が整い切っていない状況にあり、今後、問題が表面化することが懸念されています。
このように、法の整備が遅れているのは、ビッグデータのみならず、一般的なデータについても同様です。

以下では、現在の法律により、いかにして企業のデータの経済的価値・財産性を守ることができるかを説明します。

知的財産権としての保護

データは無体物ですので、有体物のように所有権の対象とはなりません。
よってデータを法的に保護しようとする際には、まず,知的財産権の適用を検討することになります。

著作権による保護

著作権による保護を受けるためには、大前提として,対象物が「著作物」でなくてはなりません。
該当する可能性のある著作物の項目としては、「プログラムの著作物」「編集者著作物」「データベースの著作物」が挙げられます。その中でもビッグデータは、「データベースの著作物」に該当する可能性が高いでしょう。

そして、著作権法の保護の対象となる「データベースの著作物」とは,「その情報の選択又は体系的な構成によって創造性を有するもの」(法12条の2第1項)と定められています。

ポイントとなる「創造性」について裁判例では、「情報の選択又は体系的構成について選択の幅が存在し、特定のデータベースにおける情報の選択又は体系的構成に制作者の何らかの個性が表れて」いることが必要とされています。
具体的には,「創造性」の判断では、類似するデータベースの存否が判断基準とされる場合が多いようです。また、リレーショナルデータベースは著作物性が認められやすい傾向にあります。

ただし,ビッグデータに関しては、一般的に、情報の選択・体系的な構成ともに「創造性」が認められにくく、著作権による保護を期待することは難しいと思われます。

 

特許の権利出願による保護

特許は、著作権と異なり自然に付与される権利ではないため、出願を行う必要があります。

そこで、出願を行う前提として、特許法上保護を受けようとする発明を「物の発明」「方法の発明」「物を生産する方法の発明」の3つの中から特定する必要があります。この点、プログラム発明については「物の発明」として扱われることが平成14年改正によって決まりました。

では、ビッグデータはこの特許による保護の対象となり得るのでしょうか。
結論から言えば「かなり難しい。」ということになってしまいます。

発明が出願によって権利を取得するためには、「発明該当性」・「新規性」・「進歩性」・「特許請求の範囲」および「発明の詳細な説明の記載要件」の5要件を満たす必要があります。

しかし、例えば氏名・住所・電話番号などの基本データが1箇所にまとまって記憶されているだけのようなデータ構造は,それ自体に「発明該当性」がなく、要件を欠いてしまうため,特許による権利付与の対象とはなりません。

さらに、「発明該当性」の他にも「新規性」や「進歩性」を要求されることを考慮しますと、保護の範囲は非常に限定的になるため,やはり,ビッグデータが特許による保護の対象に該当する可能性は,一般的に低いと言わざるを得ないでしょう。

 

不正競争防止法による保護

企業が保有するデータについては、不正競争防止法によっても保護が図られています。
同法は、「不正な侵害行為により損害を被った」ないし「被る恐れのある」事業者に対して、侵害行為の差止めや損害賠償請求という救済方法を認めており、このような請求権は知的財産権の一つとして整理されています。

不正競争防止法によって保護されるデータは、2種類に大別されます。以前から対象とされていた「営業秘密」と平成30年改正で導入された「限定提供データ」です。

―営業秘密―

不正競争防止法による保護を受ける「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」と定義されています。

つまり、「営業秘密」として保護されるには、著作物性や特許性などは必要ではなく、「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3要件さえ満たせば保護の対象となります。

例えば、顧客情報などの事業に不可欠な情報を、適切なアクセス制限のもと、当該データに関わる者が秘密情報であることを理解しうる状況下で管理していれば、ほとんどの場合、そのデータには「秘密管理性」「有用性」「非公知性」が認められますので、「営業秘密」に該当することになるでしょう。
ただし、一定のアクセス制限が設けられていても、対価を支払えば誰でもアクセスできるようなデータに関しては「秘密管理性」が認められず、保護の対象外となってしまうため、注意が必要です。

―限定提供データ―

IoTやAIの普及に伴い、ビッグデータをはじめとする「データ」の有用性や価値については意識が高まっており、データ利活用の活性化が求められています。

そこで、平成30年5月23日に、安心安全なデータ利活用のための環境整備として、データの保護強化を目的とした不正競争防止法の改正が成立し、同月30日には公布されました。
法改正の内容は大きく2つです。1つは「データ保護に関する新たな不正競争行為の導入」、もう1つは「技術的な制限手段の保護の強化」となっています。

ビッグデータに深く関係するのは、1つ目の改正内容です。
この改正では、IDやパスワードなどの技術的な管理を施して提供されるデータを「限定提供データ」と定義しています。そして、「限定提供データ」を不正に取得・使用等する行為を、新たな「不正競争行為」としました。

「限定提供データ」には、「営業秘密」のように秘密管理性は要求されていませんので、他社との共有を前提に一定の条件下で利用可能なデータであっても、保護されることになります。

営業秘密   :秘密として管理される非公知な情報

限定提供データ:他者との共有を前提に一定の条件下で利用可能な情報

営業秘密
秘密として管理される非公知な情報

限定提供データ
他者との共有を前提に一定の条件下で利用可能な情報

「限定提供データ」に関する改正は、ビッグデータの利活用を促進することを念頭になされたものです。
しかし、改正法には、いささか 抽象的な文言も含まれているため、その射程範囲が曖昧であるところが短所です。改正法によって、「どの程度、データの財産性を守ることができるか」を判断するには、裁判例の集積を待つ必要があるでしょう。

データを自社の財産として「守る」という観点では、改正法には、まだ不安が残るというのが本音です。

契約による保護の重要性

以上をふまえますと、少なくとも現段階では、「ビッグデータについて、知的財産権法による完全な保護は期待するべきではない。」と言わざるを得ません。

とは言っても、これからのビジネスにとって、ビッグデータはまさに命となります。企業としては、何らかの有効な防御方法を模索することが必須です。
そこで鍵を握るのが、「データ取引契約」になります。データを譲渡・共有する場合、原点に立ち返り、契約によって自社を守るのです。次回のコラムでは、データの利用に関する契約にスポットを当てて解説します。