「健康経営」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「健康経営」とは従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。

新型コロナウイルス感染拡大の続く昨今では、健康でいることの大切さをあらためて認識している人も増えているようです。ある調査によれば、「新型コロナの流行をきっかけに健康意識が変化した」という人はなんと7割にものぼったといいます。

さらに、この健康意識は企業規模にも拡大しており、それによって「健康経営」の重要性も一層注目されるようになりました。

 

1. 健康経営とは

経済産業省によれば、健康経営とは「従業員の健康管理を経営的な視点でとらえ、戦略的に実践する経営手法のこと」と定義されます。企業が従業員の健康に対して積極的に投資することは、従業員の活力や生産性を向上させ、ひいては企業の業績アップに資するという考え方が基盤となっています。

この健康経営の効果を示す数値として、米国のジョンソンエンドジョンソン社の調査によれば、従業員の健康への1ドルの投資は、医療費削減なども含めて企業に対して3ドルに相当するリターンを生み出しています。
時勢も相まって、企業としては、健康経営に時間やお金を投資していく価値は十分にあると言えるでしょう。

 

1-1: 健康経営に取り組むべき企業とは

すべての企業が取り組むことが望ましい健康経営ですが、特に、以下の項目にあてはまる企業では大きな効果を発揮するでしょう。
すべての企業が取り組むことが望ましい健康経営ですが、特に、以下の項目にあてはまる企業では大きな効果を発揮するでしょう。
自社にはいくつあてはまるか、ぜひチェックしてみてください。

  • 高年齢者が多く働いている
  • ストレスチェックの結果が思わしくない
  • 長期の休職をしたり、体調不良で遅刻・早退・欠勤したりする従業員が多い
  • 離職率が高く人材が定着しない
  • 長時間労働が常態化しており、残業や休日出勤も多い
  • 有給休暇取得率が低い
  • 何かとミスが多く、取引先や顧客に迷惑をかけることもあるなど

 

2. 健康経営が必要とされる背景

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健康経営が必要とされる背景には大きく分けて労働人口の減少・労働者の高齢化・企業の健康保険料の負担増の3つがあります。それぞれがどういうことなのか、見ていきましょう。

 

2-1: 労働人口の減少

日本では少子高齢化が進んでおり、2015年には全人口に占める65歳以上の割合が26%と世界201カ国中で第1位になりました。経済産業省によると、現在も、生産年齢人口は減少の一途をたどる一方で老年人口は増加をつづけており、2060年には高齢化率が35%を超えると予想されています。

このような潮流の中で、マンパワー不足が問題となるのは当然の流れであり、企業としてはこれを防ぐべく従業員にできるだけ長く働いてもらうことがますます重要になってきます。健康は、長く働くために重要な要素であり、そのため、企業は従業員の健康維持・健康増進に投資することが必要不可欠になっていると言えるでしょう。

 

2-2: 労働者の高齢化

少子高齢化にともない、労働者の平均年齢も高齢化しています。厚生労働省の調査によれば、令和元年における一般労働者の平均年齢は、正社員・職員では女性40.3歳、男性42.8歳、非正規社員・職員では女性46.7歳、男性51.3歳となりました。

年齢を重ねると、やはり健康面のリスクが上昇します。体のどこかしらが痛むという従業員もいれば、持病で通院しながら仕事をしている従業員もいるでしょう。また、加齢に伴う労災のリスク上昇にも留意が必要です。厚生労働省の調査によれば、労災事故の中でも特に「転倒」や「動作の反動・無理な動作」が年々増加傾向にあり、被災者の約26%が60歳以上の女性であることがわかっています。

このようなリスクは、積もり積もって企業全体としての生産性の低下を招くことにつながります。もちろん、健康管理は従業員の自己責任である部分が大きいものですが、会社も従来に比して積極的な関与が求められています。

 

2-3: 企業の健康保険料の負担増

厚生労働省のデータによれば、国民医療費は年々増加を続けており、平成29年度には過去最大の43兆円超となりました。国民医療費が増加すると、健康保険組合の財政が悪化して保険料が上昇するため、企業の保険料の負担も重くなります。

また、健康保険組合の財政難が続くと健康保険組合が解散して協会けんぽに加入することになります。協会けんぽの方が保険料が高い場合、その分負担も増えることになります。回り回っての負担減少のために、健康経営は全企業が最優先事項として取り組まなければならないことなのです。

 

3. 健康経営に取り組むメリット4選

企業が健康経営に取り組むことには大小さまざまなメリットがありますが、ここでは代表的なものを4つあげてみます。

3-1: 労働生産性が上がる

生産年齢人口が減少している中、生産性の維持がマンパワーのみに依拠している状態は望ましくありません。内的・外的要因によって人材が確保できなくなった場合、生産性が落ちることになります。
今後、GCP(社内総生産)を維持、向上させていくためにはパフォーマンスを高めることが賢明です。そこで、企業は健康経営を実施します。従業員の健康増進や健康管理を通じて疾患の早期発見・早期治療につなげることによって、従業員は健康面のリスクを予防したり健康を取り戻したりすることができるでしょう。そうすると、健康な身体で日々の業務を遂行できる従業員が増えるため、業務効率や労働生産性の向上が期待できます。

 

3-2: 企業価値が向上する

健康経営に取り組むことで投資効果が高くなり、企業価値の向上が期待できます。カブドットコム証券によれば、2015年1月5日から2017年10月31日までの期間で、日経平均とTOPIXの期間騰落率はそれぞれ26.4%、26%でした。それに対し、健康経営銘柄2017に選定された企業の期間騰落率は28.3%と日経平均・TOPIXを上回る結果となりました。この結果から、健康経営銘柄に投資すればより高いリターンが得られることがわかります。

 

3-3: 離職率の改善につながる

労働人口が減少して人手不足が深刻化する中、新たな人材の安定的な確保がだんだんと難しくなってきています。そのため、企業としては今在籍している従業員の離職をいかに防ぐかが非常に重要です。その一助となるのが、健康経営です。

企業が、心身の健康を維持するために必要なコンテンツを提供し、また出産・育児などと仕事との両立を助ける制度を運用することで、従業員としては「大切にされている、働きやすい」と感じるでしょう。その結果、健康に長く働いてくれる従業員が増え、離職率の改善も期待できます。現に、離職率の全国平均が11%であるのに対し、健康経営銘柄2020に選定された企業の平均は2.7%、健康経営優良法人2020に選定された企業では平均5.1%とかなり低率になっています。

 

3-4: 企業のイメージアップにつながる

従業員の健康を大切にする姿勢を打ち出している企業は、すなわち従業員を大切にしている意識の高い企業として社外からの評判も高くなり、イメージアップにつながります。結果として、優秀な人材も集まりやすくなるでしょう。実際、就活生およびその親へのアンケート調査でも、就職先に望む勤務条件として就活生・就活生の親ともに4割以上が「従業員の健康や働き方への配慮」をあげています

 

4. 健康経営の顕彰制度

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健康経営に積極的に取り組んでいる法人を「見える化」した指標として「健康経営優良法人」「健康経営銘柄」の認定制度が創設されました。

 

4-1: 健康経営優良法人

健康経営優良法人認定制度は、健康経営に取り組む企業をさらに「見える化」するための認定制度で、大規模法人部門と中小法人規模部門の2つの部門に分かれています。
大規模法人部門のうち上位500法人を「ホワイト500」と冠しており、これまで中小規模法人部門にそのような名称はなかったのですが、2021年の認定から、同様に上位500法人を「ブライト500」と冠することになりました。

健康経営優良法人に選ばれるには、経営理念や組織体制、制度・施策の実行、評価・改善、法令遵守・リスクマネジメントの5つの項目の基準をより高い基準でクリアすることが必要です。

 

4-2: 健康経営銘柄

健康経営銘柄とは、東京証券取引所に上場している33業種の中から優れた健康経営を実施している企業を各業種原則1社以上ずつ選定する制度です。
長期的視点で企業価値を重視する投資家に魅力ある企業として認識されることとなり、企業に健康経営に取り組むインセンティブを与えるものとして機能しています。

健康経営銘柄は、健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定基準をクリアしているのはもちろんのこと、ほかにも健康経営度が上位20%以内、ROEの高さ、社外への情報開示の状況など様々な要素を総合的に判断して選定されています。

 

5. 新型コロナウイルス感染拡大による新たな健康経営への課題とは

新型コロナウイルスの感染拡大による大きな変化の一つに、急速なテレワークの普及があげられます。
時間の使い方やコストの面で非常に有効な手段であることは間違いありませんが、その反面、健康面への課題も出てきています。

 

5-1: テレワークによる身体の不調

コロナ禍では、自宅でテレワークを行うケースも非常に増えたかと思います。すると、オフィスと比較して体勢や採光などの環境が整っていない、歩く時間が極端に減ったという方も多いのではないでしょうか。
このように不十分な環境で長時間のデスクワークをすることによって、肩こりや腰痛、眼精疲労、姿勢の悪化などさまざまな身体の不調が生じます。また、自宅といえど長時間引きこもることによって、少なからずストレスもたまるでしょう。オムロンヘルスケア株式会社の調査によれば、このコロナ禍でのテレワーク開始後31%の方が身体の不調を感じていたといいます。

 

5-2: 外出自粛や生活様式の変化による運動不足

今年の春先には緊急事態宣言が発出され、政府や自治体の首長から全国民に向けて新型コロナウイルス感染拡大防止のための外出自粛要請がありました。同宣言が解除された後も、仕事がテレワークに切り替わり通勤の必要がなくなったために外出の回数が少なくなったという方も多くいます。そのため、大きな行動の変化として運動する機会や運動量が減ったという声が多く聞かれました。ある調査では、1日の歩数が3000歩未満の割合が、今年の1月では約14%だったのが約30%へと倍増したとの結果も出ています。

また、この運動量の減少に伴い、体重増加の悩みも増えています。ある調査によれば、新型コロナウイルスの流行によって「体重が増えた」と回答した割合が50.7%と半数以上を占めました。

 

5-3: メンタルヘルスの問題

急な生活様式の変化やテレワークの開始により、メンタル面での不調を訴えるケースも出てきています。ある企業で4月と6月にアンケート調査をしたところ、従業員の健康について認識している課題として「メンタルヘルス」をあげた企業の割合が、4月は75%だったのに対し6月には80%とアップしました。

これは、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって失業者が増える中で雇用への不安や、いつどこで感染するかわからない中で在宅勤務ができず出勤せざるを得ないストレスも影響していると考えられます。また、在宅勤務で長時間家に閉じこもることで家庭内でもいざこざが生まれ、ストレスとなる場合もあるでしょう。
メンタルヘルスは適切に対処しなければ、本人の健康・企業の労務管理ともに大きな爆弾となります。とはいえ、これといったメンタルヘルス対策は実施できていない企業がまだまだ多いようです。

 

6.健康経営に伴う社内制度や就業規則の整備は弁護士に相談を

健康経営に取り組もうと思えば、社内制度の構築就業規則の整備が必要になります。健康経営への施策のイニシアチブをとるのは、社内では人事部や総務部などになるかと思いますが、社内制度や就業規則の整備には法的な落とし穴が潜んでいる可能性がありますので、弁護士など法律の専門家によるサポートを受けられることをおすすめします。フルサポートの弁護士も積極的にご相談に応じておりますので、お気軽にご相談ください。