新型コロナウイルス感染拡大によって外出自粛が呼びかけられたことをきっかけに、テレワークや在宅勤務が急速に普及しました。現在では大企業を中心に出社率を常に3~5割以下にしようという動きも出てきており、今後もテレワークや在宅勤務を続ける企業は一定数あると思われます。

ただ、テレワークや在宅勤務だと社員が働いている姿が見えづらいため、労務管理や人事評価をどのようにすればよいのか悩んでいる企業も少なくありません。そこで、注目を集めているのがジョブ型雇用と呼ばれる雇用方法です。ジョブ型雇用とはどのような制度なのか、フルサポートの弁護士が解説します。

 

1.にわかに注目を集めているジョブ型雇用

最近KDDIや資生堂、富士通といった有名大手企業が続々と導入を表明しているからか、にわかにジョブ型雇用に注目が集まっています。では、そもそもジョブ型雇用とはどういうもので、従来の働き方とどう異なるのでしょうか。

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1-1:ジョブ型雇用とは

ジョブ型雇用とは、営業なら営業のみ、エンジニアならエンジニアのみと特定の業務に特化した採用方法です。採用活動時にジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を求職者に提示することで職務内容を明確に定義し、人事評価は労働時間の長さではなく成果ではかる、というものになります。

「ジョブ型雇用」はここ数か月で急に注目を集めるようになったため、最近新しく出てきた概念のように見えます。しかし、実は2013年頃からすでに政府内で正社員改革の一環としてジョブ型正社員(雇用)が議論されていました。

日本では、正社員は欧米に比べて職務や勤務地が限定されていない「無限定」社員となっており、ワークライフバランスが犠牲にされやすい傾向があります。そこで、職務や勤務地を限定するジョブ型正社員を増やすことが社員の能力や従業員満足度を高め、多様な視点を持つ社員の増加にもつながるため、ジョブ型正社員を増やすことが労使ともに有益であると考えられたのです。その後、内閣府の規制改革推進会議でもジョブ型正社員の雇用ルールの明確化について引き続き検討されています。

 

1-2:メンバーシップ型雇用との違いとは

ジョブ型雇用と対比されるのが、メンバーシップ型雇用です。メンバーシップ型雇用とは、採用した人に仕事を割り当てるもので、日本で従来とられてきた方法です。

日本では、これまで職務や勤務地を限定せずに「総合職」「一般職」として新卒を一括採用し、ジョブローテーションでさまざまな職種を経験しながら適性を見極める手法が取られていました。給与については、新卒のときは一律で初任給が支給されますが、その後は早期退職を防ぐために在籍年数が長くなるにつれて給与が高くなる「年功序列型」の給与体系の会社が多い傾向にあります。そうして、定年または定年近くまで雇用する「終身雇用制度」がとられてきたのです。

ジョブ型雇用への切り替えにより、こうした年功序列や終身雇用のしくみも徐々に変わっていくかもしれません。

 

2.ジョブ型雇用が注目されるようになった背景

ジョブ型雇用が注目されるようになった背景にはさまざまなものがありますが、ここでは代表的なものを3つあげてみます。

 

2-1:働き方改革により柔軟な働き方を訴求

少子高齢化に伴い、一人でも多くの人に働いてもらう必要のある日本では、いかに労働生産性を高めるかが非常に重視されるようになってきました。そこで、子どもや介護の必要な家族を抱えていても働き続けられる仕組みを整え、職務や勤務地、労働時間が限定されていてもスキルを最大限に発揮できる柔軟な働き方に変えていこうという機運が高まっています。

 

2-2:第4次産業革命での専門職に対するニーズの急増

AIやIoT、ブロックチェーン、ディープラーニングなどに象徴されるように、近年は第4次産業革命ともいうべき急速な技術革新が進んでいます。そこで、ITエンジニアやデータサイエンティストといった高度IT人材のニーズが急増しているのです。経済産業省の調査によれば、2030年にはおよそ40~80万人ものIT人材が不足するだろうという予想結果が出ています。そのために、IT系スペシャリストを採用し、活用する必要性が出てきています。今までは何でもできるゼネラリストの養成が中心でしたが、今後はスペシャリストがますます必要とされる時代になってくると言えるでしょう。

 

2-3:コロナ禍でのテレワークの急速な拡大

もともと働き方改革を目的にテレワークが推奨されてきましたが、企業への導入は遅々として進んでいませんでした。ところが、2020年2月頃より新型コロナウイルス感染拡大により国や自治体がテレワークを推進するようになり、テレワークを導入する企業が相次ぎました。すると、上司と部下がお互いに働いている姿が見られなくなったことで労務管理や人事評価がしづらくなってきたのです。そこで、労務管理の手間暇を軽減し、成果で評価できるようにするためにジョブ型雇用に注目が集まっているのです。

 

3.ジョブ型雇用のメリット

ジョブ型雇用は、うまく導入することで求職者にも企業側にもメリットがあります。求職者側・企業側それぞれどのようなメリットがあるのでしょうか。

 

3-1:求職者側のメリット

求職者側のメリットとしては、自分の得意分野を活かすことができるので、成果を発揮し訳スキルアップにもつながる点があげられます。また、専門性を高め、成果を発揮して高い報酬を得ることも可能ですし、よりよい条件を求めて転職もしやすくなります。

 

3-2:企業側のメリット

企業側のメリットとしては、専門性の高い人材を採用でき、個々の専門性をいかんなく発揮してもらえることがメリットです。また最初から専門性の高い人材を雇用することで、一から人材を育成するための時間的コストや教育コストも削減できるのも大きいでしょう。また、成果がはっきり表れやすいのでリモートワークも導入しやすく、労務管理の負担の軽減にもつながることも考えられます。

 

4.ジョブ型雇用の問題点

一方、ジョブ型雇用は従来日本の企業で採用されてきたメンバーシップ型雇用とは全く性格が異なるため、さまざまな問題が生じる可能性もあります。

 

4-1:担当業務がなくなったときに配置転換ができない

ジョブ型雇用の場合は職務が限定されている分、担当業務がなくなれば、別の部署に配置転換ができず、解雇するしかなくなります。実際に、ジョブ型雇用の多い欧米では職務がなくなれば解雇されることが多いようです。しかし、日本の労働基準法では解雇に対する規制が厳しく、従業員を簡単には解雇できません。また、仕事がなくなったからといって解雇してしまうと解雇権の濫用にあたる可能性もあります。

また、労働者がよりよい待遇を求めてどんどん転職する人材の流動性が高い欧米の雇用市場とは違って、日本では人材の流動性があるとはまだ言い難いため、ジョブ型雇用は日本の雇用市場にはなじまない可能性もあります。

 

4-2:労働者に不利益になる可能性がある

ジョブ型雇用に移行すると、従来の労働時間ではかる賃金体系でなく、成果で報酬を支払う成果主義的な賃金体系になります。そうなると、従業員の中には給与が大幅に下がる者が出てくる可能性があります。また、ジョブ型雇用では時間外労働という概念もなくなるので、長時間働いたとしても残業代が支払われません。

そのため、労働条件の不利益変更にあたる可能性があります。労働条件を不利益変更するには、労働者との個別合意もしくは就業規則の変更、労働協約による変更が必要です。ただし、就業規則の変更も、変更の必要性の合理性や変更内容の相当性を満たしたうえで、従業員に十分な説明を行ったうえで実施する必要があるでしょう。

 

4-3:新卒一括採用をどうするのか

新卒一括採用を重んじている日本の企業では、ジョブ型雇用を新卒にも採用するのかという問題もあります。新卒の社員は社会人経験がほぼない状態なので、入社早々高度な専門性を求めることは難しいでしょう。その点では、何年もかけてジョブローテーションをしながらじっくり人を育てていく従来のメンバーシップ型雇用のほうが、新卒一括採用にマッチしていると言えます。

ただ、新卒でもジョブ型雇用を取り入れている企業はあります。たとえば、インターンシップでの実績を入社時の配属や給与の査定に反映させたり、特定の職種で新卒採用時に能力や実力を評価して個別に給与を決定したりしている企業も現に出てきています。中には、新卒採用時の給与が既存の社員を上回るケースもあるといいます。そのため、エンジニアやデザイナーといった一定の専門職であれば、新卒でも高い専門性や職務能力さえがあれば、既存の社員よりも高い待遇で働くことも夢ではないのかもしれません。

 

5.ジョブ型雇用の導入事例

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大手企業では、すでに従業員の一部にジョブ型雇用を取り入れていたり、将来的にジョブ型雇用を導入することを決定している企業もあります。

 

 

5-1:資生堂は5年前からジョブ型雇用を導入

資生堂は、5年前から管理職を対象にジョブ型雇用を導入しているさきがけ的な存在です。戦略の立案や売上の達成など役割とそれに必要な専門性を細かく明示し、それぞれのポストに適格な人材を配置しているのが、資生堂で行われているジョブ型雇用の特徴です。そのうえで具体的な目標や計画を上長と話し合い、その達成度合いで次の給与やポストが決まる仕組みになっています。

 

5-2:日立製作所はジョブ型雇用で中途採用を増やす

日立製作所は、国内製造業で巨額の赤字を抱えた経験から、グローバルなインフラサービス会社へと舵を切りました。その後、社員の半数近くは外国人になったため、必然的にグローバル化に対応したジョブ型雇用に切り替える必要があったのです。その結果、中途採用の比率も高くなっているといいます。管理職にはすでにジョブ型雇用が導入されており、2024年までには一般社員にも導入する予定といいます。ただ、新卒採用も社会的な要請があることから、企業の社会的責任として続けていくようです。

6.ジョブ型雇用を取り入れるときに留意すべき点とは

昨今は、大企業を中心に、出社率を下げるために在宅勤務やテレワークを積極的に取り入れようとしている企業が増えています。テレワークや在宅勤務の導入と同時に「ついでにジョブ型雇用も取り入れてみようか」と検討している企業は少なくないかもしれません。しかし、ジョブ型雇用を取り入れる際には、留意すべき点があります。

 

6-1:ジョブ型雇用でも労働時間の管理は必要

ジョブ型雇用に切り替えるからといっても、会社側が従業員の労働時間の把握が不要になるわけではありません。安全配慮義務の観点からも、労働時間の管理は必要です。柔軟な働き方を目指す働き方改革関連法でも、労働時間の把握は事業者に義務づけられています。

だれも労働時間を把握せず、すべて従業員まかせになってしまうと、特定の従業員が連日長時間労働が続いていることに気づかないこともありえます。そうなると、従業員が体調を悪くしてかえって勤務に支障をきたしてしまうかもしれません。また事故や災害が起きたときに、労働時間を把握していなければ会社側の責任を問われることもありえます。会社が責任を持って従業員を雇用している以上、働く時間や場所は会社としてきちんと把握しておくべきでしょう。

 

6-2:高度な専門性を持つ人材が定着しない可能性がある

高い専門性を持つ優秀な人材は向上心も高く、常に高みを目指しています。そのため、会社で働きながらもより良い条件で働けるところをずっと探し続けている方もいるでしょう。

そのため、せっかく高度な専門性を持つ人材を採用しても、よほど好待遇でなければ、すぐ転職してしまう可能性があります。ほかに似たような職種で人材募集をかけていてなおかつ他社のほうが待遇が良いのであれば、だれしもそちらに移りたくなるでしょう。そうなると、採用コストや教育コストをかけたのが無駄になってしまいますし、自社独自のノウハウや企業秘密も外部に流出してしまう可能性もあります。

日本は何十年もメンバーシップ型雇用を続けてきたため、ジョブ型雇用にいきなり切り替えるのは難しいでしょう。また、ジョブ型雇用を導入するにも、労働条件や労務管理方法をどうするか、社内できちんと議論をする必要があります。ジョブ型雇用を導入するにあたり、労働条件の決め方や労務管理方法について不明点や不安な点があれば、フルサポートの弁護士までご相談ください。