労働時間の把握義務をめぐる諸問題

働き方改革関連法の柱の一つに「長時間労働の是正」が挙げられます。

この目標の実効性を高めるため、「残業時間の上限設定」という規程や、労働者の健康管理の観点による「事業主への労働時間把握の義務化」という規定まで様々な法律が施行され、もはや会社による労働時間の適正な管理は必須事項となりました。

今まで、厳密な労働時間の管理をしてこなかった企業にとっては、何から手をつければよいか分からないこともあるでしょう。当事務所も、顧問先から、これらの法律に対応するための対応方法について相談を受けることがあります。
 

労働時間の把握手段よりも大切なこと

実際に改正法が施行されるにあたっては、適正な「把握手段の整備」に苦労するという話題は多く耳にしたことと思います。企業法務に関係する雑誌では、労働時間を把握するためのソフトウェアの広告が掲載されていたりします。

しかし、実は、「把握手段の整備」よりも、根本的で悩ましい問題が残っています。それが、会社が把握管理すべき「労働時間の範囲」です。

把握すべき時間の範囲を誤っていますと、いかに正確に、いかに客観的に時間を残そうとも、何の意味もない記録となってしまうからです。
すると、把握義務違反として労働基準監督署の指導を受けることになったり、後に労働者から未払い賃金の請求を受けたりする恐れがあります。ので、労働時間に対する認識は正しく持つ必要があります。
 

労働時間とは

そこでまず、会社が把握すべき社員の「労働時間」の定義について確認しておきます。

実は、労働時間の定義を明文化した法律はありません。労働基準法32条では「1日8時間・週40時間を超えて労働させてはならない」旨を定めており、改正された労働安全衛生法66条ではついに「労働時間の状況を把握しなければならない」と定めたにもかかわらず、未だに「労働時間とは…」という条文は存在しません。
では、労働時間をどのように判断するのでしょうか。これには、広く判断枠組として用いられている最高裁判決があります。
 

三菱重工業長崎造船所事件(最一小判平12.3.9)

―事案概要―

会社は、就業規則において1日の所定労働時間を8時間と定め、
・指定の作業服への着替え
・資材の準備や散水
・作業後の作業服から通勤服への着替え
・更衣室と作業場の間の移動
などは所定労働時間外に行うこととしていた。これに対し従業員が、所定労働時間外に行った上記の行為は時間外労働時間であるとして、割増賃金を請求する訴えを起こした。

―判決の内容―

従業員の勝訴
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を言う。また、その労働時間に該当するか否かは労働契約・就業規則・労働協約等の定めによって決まるのではなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるかによって客観的に定まるものである。
労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内で行うことを義務付けられ、または余儀なくされた場合には、その行為は使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる。よって、その行為に要した時間はそれが社会通念上必要と認められる限り、労働基準法上の労働時間に該当する。
本件で、事業所内の更衣室において行うものと義務付けられた指定の作業服への着替え、資材の準備や散水は使用者の指揮命令下と評価できるので、労働時間に該当する。

この判例による労働基準法上の労働時間の判断をまとめると以下のようになります。

① 客観説

労働基準法上の労働時間は、就業規則など労使間の合意により判断されるものではなく、客観的に判断されるものである。

② 指揮命令下説

ある行為に要した時間が労働時間に該当するか否かは、その行為が使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できるか否かによって判断される。
指揮命令下にあるかどうかの判断については、その行為を行うことを、使用者によって明示的又は黙示的に義務付けられているか・余儀なくされたかどうかを見る。

この二つの基準に加えて近年は、
③問題となる行為が業務に従事したものと言えるか否かという業務性
も労働時間性の判断の観点に加えられてきています。

 

労働時間の判断が難しい事例

待機時間(手待ち時間)

作業と作業の間の待機時間は、実際に具体的な業務には従事していない時間です。しかし、使用者の指示があればすぐに作業に従事しなくてはならない状況である場合は、労働時間として認められます。
厚生労働省労働基局長通達(基発)においては、貨物積込業務などにおいて発生する手待ち時間について、「現実に貨物の積込を行う以外の時間には全く労働の提供はなく、いわゆる手待ち時間がその大半を占めているが、出勤を命ぜられ、一定の場所に拘束されている以上、労働時間と解すべきである」として手待ち時間が労働時間に該当するという解釈を明示しています。
 

タクシーの客待ち時間

会社が、30分を超える会社の指定場所以外での客待ちをしないように命令しており、これに反した30分以上の客待ち時間は労働時間からカットしていた事案について、裁判所は、以下のように判断して労働時間性を認めました。

当該「命令に反した場合に、労働基準法上の労働時間でなくなるということはできない。」命令に反していたとしても「客待ち時間は、30分を超える時間であっても、その時間中には、被告(会社)の具体的指揮命令があれば、直ちに原告ら(運転手)はその命令に従わなければならず、また原告らは労務の提供ができる状態にあるのであるから、被告の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であるというべきである。」(大分地判H23.11.30 中央タクシー割増賃金請求事件)

 

休憩時間中の来客対応

昼食休憩中などは本来、業務には従事していない時間です。しかしその時間内に、来客に対応する当番をさせている場合には、必要があれば業務を行うことを義務付けられており使用者の指揮命令下にある時間と言えます。よって、その時間は労働時間となります。(平成11年3月31日基発168号)
 

不活動時間

実作業には従事していないものの、労務の提供と全く関係のないものとは言えない時間を、不活動時間といいます。例えば、深夜勤務の際に仮眠をとっている時間や、何かあれば緊急対応は行うことになっているような時間などです。
睡眠など活動していない時間について、使用者の指揮命令は及んでいないようにも感じますが、判例では一定の要件を満たす場合には労働時間性が認められるという判断がなされています。
 

仮眠時間
従業員らはビルの設備管理や監視等の業務に従事しており、毎月数回の24時間勤務の中で休憩時間と仮眠時間が与えられていた。ただし24時間勤務中は原則として外出禁止で、仮眠時間中は仮眠室で待機し、緊急事態にはただ地位所定の作業を行うことが義務付けられていた。
しかし、仮眠中に緊急事態に対応した場合にだけ時間外手当や深夜就業手当が支払われることとなっていたため、従業員らが作業の有無に関わらず仮眠時間のすべてが労働時間であるとして所定の手当や割増賃金の支払いを求めた事案について、以下のように判時し、仮眠時間にも労働時間性が認められる場合があることを示しました。

まず「不活動仮眠時間において、実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保証されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」と、指揮命令下についての判断基準を示しました。さらに「当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保証されているとは言えず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当」(最高裁H14.2.28 大星ビル管理事件)

これに対し、緊急対応はすることになっているもののその頻度が些少で、対応時間以外は私服に着替え・娯楽・飲酒・外出・入浴等が可能であるような場合には「従業員が受ける場所的・時間的拘束の程度」から見て「不活動時間帯の活動・行動様式は、社会通念に照らすと、自宅からの通勤労働者が自宅で過ごすのとさほど異ならない」として、労働時間性を認めていません。(東京地判H20.3.27 大道工業事件)

 

始業前の準備・終業後の後始末

これらに該当するものには、例えば、始業前や終業後に所定の制服を着替える時間・業務に関連する設備の準備をする時間・準備として行う点呼・朝礼などが挙げられます。これらについては、その行為を行うことが義務付けられており、また行わないと不利益を受けるなどの理由で当該行為を余儀なくされる場合には、使用者の指揮命令下にあった時間として、広く労働時間性が認められています。

これに対し、始業前の「早出出勤」に関して裁判所は、従業員の個人的な事情により特に業務上の必要性が無いにも関わらず早出出勤することも一般的に見られるとして、業務上の必要性があったかどうかを具体的に検討すべきであると慎重な判断をしています。

  • 始業前の準備…最一小判H12.3.9 三菱重工業長崎造船所事件(肯定)
  • 始業前の更衣・朝礼…東京地裁H17.2.25 ビル代行事件(肯定)
  • 終業後に引継ぎ・準備として行う点呼…東京地裁H14.2.28(肯定)
  • 早朝出勤…東京地裁H25.12.25 八重椿本舗事件(否定)

 

黙示の指示による労働時間

始業前や終業後に行われている一定時間の労働について、就業規則に定められているまたは使用者が明示的に指示して行わせている行為については、前述「始業前の準備・終業後の後始末」のカテゴリーで処理される事例が多いと思われます。

しかし、そうでない場合は使用者からの義務付けがなかったとして労働時間に当たらないのでしょうか。このような場合において判例では、一定の状況であった場合には「黙示の指示」があったとして労働時間性を認めているものがあります。
 

始業前の準備や会議、終業時刻後の労働
銀行において、男子行員のほとんどが始業前に出勤し開店準備をし、朝礼に出席していた。また、始業前に事実上参加を義務付けられている会議も開催されていた。
また、終業後の残業についても終業時刻は午後5時または5時30分であるにもかかわらず、営業課において作成された勤務終了予定時間を記載した週間予定表には午後6時30分や7時30分、時には8時及び9時ということもあった。これについて、従業員が未払時間外勤務手当の支払いを請求した事案について、「男子行員のほとんどが」始業時間前に出勤し、業務の準備を行う運用が「特殊なものではなかった」こと。また会議についても「事実上参加が義務付けられていた」と認められるので、始業前の一定時間について「黙示の指示による労働時間と評価でき」るとしました。

また、終業時刻後の残業についても「多数の男子行員が午後7時以降も業務に従事していたこと、このような実態は特殊なものではなかったこと」また、前述のような「勤務終了予定時間を記載した予定表が作成されていた」ことなどからすると終業時刻後、「少なくとも午後7時までの間の勤務については、黙示の指示による労働時間と評価でき」る。
として、「黙示の指示」によっても使用者からの義務付けが認定されることを判示しました。

 

広がる労働時間

これまで判例や通達で取り上げられ問題となった「労働時間」は、どれも職場内のものでした。しかし、
IT化の発展によって仕事をする場所は職場外へと広がりを見せています。

例えば、ほとんどの会社が取引先とのやり取りをメールで行っているのではないでしょうか。休日に届いたメールに対して対応を行った場合、それは労働時間としてカウントする必要があるのか、判断の難しい問題です。

上記の判例の基準に当てはめると、①その時間が「使用者の指揮命令下にあるかどうか」、②休日のメール処理を「明示的ないし黙示的に義務付け、対応を余儀なくしているかどうか」が判断のポイントとなります。
よって、明示的に「この取引先は大事だから、メールなどのコンタクトには素早く対応するように」と言っている場合はもちろん、対応せよとは命じていなくともメールを受信するデバイスを従業員に持たせて、対応しないと休み明けの業務に支障を来す状況を作っている場合にも「使用者の指揮命令下にある」「義務付けて、対応を余儀なくしている」と判断される可能性があります。

厳しくなる労働時間についての規制は、使用者に責任がのしかかっています。
これまで業務について曖昧な指示をしていた会社においては、まず、「指揮命令下であるかどうか」「義務的な行為なのか」を明確に判断することができるように指示していくことを徹底し、労働時間の範囲を明確にしなくてはなりません。
労働時間の把握の手段は、その次の話となるでしょう。