会社の業績が落ち込んだときの人員削減の手法として「整理解雇」があります。経営者として辛い判断であっても、会社を守るために整理解雇を選択するしかないときもあるでしょう。
本稿では、整理解雇の手順や注意点をまとめました。
整理解雇が必要なとき
最近では、新型コロナウイルス感染拡大を受けて各自治体で外出の自粛が要請されているため、飲食業をはじめとするサービス業界では、軒並み客足が遠のき売上が落ちているようです。
先日は東京のタクシー会社が、およそ600人の社員を解雇(形式的には退職勧奨を)したことが話題となりました。
会社の業績が落ち込み、経営努力をしてもどうしようもない、と一人で悩んでおられる経営者の方は多いのではないかと思います。業績が落ち込んだときには、人員を削減して、事業規模を縮小することも選択肢のひとつになるかと思います。
そのような企業の中には、整理解雇を検討されている企業も少なくないのではないでしょうか。
しかし、整理解雇はとてもハードルが高いので、実施するときには慎重に行わなければなりません。今回は、整理解雇するときの手順や注意点について解説します。
整理解雇とは
解雇には、大きく分けて①普通解雇、②懲戒解雇、③整理解雇の3つがあります。
■解雇の種類
①普通解雇…契約違反を理由とする労働契約の解消
②懲戒解雇…秩序違反を理由とする労働契約の解消
③整理解雇…使用者の都合により行う労働契約の解消
この3つの解雇を区別せずに記載されている就業規則もよく見かけるところではあります。しかし、解雇の種類により、解雇に必要な要件や手続きが異なりますので、解雇をする際には、どの解雇を行うかの意識は不可欠です。
以下では、整理解雇に絞って解説をします。
整理解雇とは会社の事情による解雇
整理解雇とは、経営不振により余剰人員を減らさなければならない事態になったときに、会社都合で労働者を解雇することを指します。
普通解雇や懲戒解雇は、労働者側に非があるために解雇するものであるのに対し、整理解雇は労働者側に非がないのに会社側の事情で解雇するものです。その分、整理解雇にはとても厳しい要件が科されていて、とてもハードルが高くなっているのです。
整理解雇とリストラとの違い
「整理解雇とは、要はリストラのことでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
リストラとは、事業の再構築(リストラクチャリング)のことです。企業を取り巻く変化に対応するために不採算部門の整理や、希望退職者の募集、経費削減などを行って経営を合理化することを指します。
したがって、整理解雇とは逆に、企業構造を再構築するために成長部門や新規事業を強化することも、リストラに含まれます。つまり、整理解雇とはリストラの手段の1つなのです。
希望退職(自主退職)とは
整理解雇を回避するための方法として、希望退職者を募集する方法があります。
希望退職者の募集は会社側から行うものですが、最終的には従業員自身の意思で会社を辞めることになりますので、解雇ではなく「退職」となります。
■解雇と退職の違い
解雇…使用者の意思で労働契約を終了させること
退職…労働者にも労働契約を辞める意思があること
整理解雇を始めとする「解雇」が有効となるための要件が厳しいのは、解雇を制限するためです。会社から労働者が一方的に解雇できるならば、労働者の生活が不安定になるからです。
これと比べて、「退職」は労働者が自主的に辞めるのですから、特に制限をする必要はありません。このため、退職には、解雇のように厳しい要件はありません。
したがって、希望退職(自主退職)による人員整理は、整理解雇のような法律論としての難しさはありません。ただし、労働者を追い詰めて退職させたりした場合(労働者の自由意思を抑圧した場合)は、実質、使用者の意思で労働契約を終了させたことになり、「解雇」となりますので、その点は注意が必要です。
また、退職するかどうかの意思決定は労働者に委ねられます。そのため、思ったほど応募がなかったり、逆に想定した人数を上回る応募があったりもしますので、経営者の希望する人数を削減することはとても難しいでしょう。
整理解雇が認められるための4要素
業績不振に陥ったからと言って、無条件に整理解雇が実施できるわけではありません。整理解雇が労働者にもたらすインパクトは非常に大きいため、整理解雇が正当なものと認められるには、次の4つの要素を総合考慮して、整理解雇の有効性が判断されます。
■整理解雇の4要素
要素①…人員削減の必要性
要素②…解雇回避への努力
要素③…人選の合理性
要素④…手続きの相当性
要素①…人員削減の必要性
1つ目の要素は、「経営を立て直すために本当に人員を削減しなければならないか」です。
人員削減の目的は以下の2つに分けられて説明されることがあります。
㋐倒産などの危機を回避するために行うもの
㋑事業環境の変化に対応するために事前に行うもの
前者(㋐)は今すぐにでも余剰人員を解雇しなければ倒産するほど経営状況がひっ迫していることまでは求められていません。裁判例では、「経営上人員削減が必要である。」という程度で問題ないとされています。
後者(㋑)は、「将来の市場予測から事業を縮小したり海外に生産拠点を移転したりせざるをえないとき。」などが該当します。
なお、昭和50年頃の裁判では、厳格な「人員削減の必要性」が要求されるものもありました。しかし、厳格な「人員削減の必要性」を要求しますと、企業の選択の幅が狭まり、有効適切な対処の機会を失わせて、かえって解雇者の数を増加させる危険性があります。
このような指摘もあり、最近の裁判例の傾向としては、「人員削減の必要性については、経営者の判断に対してある程度の裁量が認められている」と言われています。
要素②…解雇回避への努力
2つめの要素は、「労働者の解雇を回避するための努力の程度」です。
解雇回避措置としてあげられるのは以下のようなものです。
- 経費(広告費・交通費・交際費)の削減
- 時間外労働の中止
- 新規採用を抑制する
- 昇給停止、賞与の減額・支給停止
- 配置転換、出向
- 労働時間の短縮、一事帰休措置
- 有期雇用者の雇い止め
- 希望退職の募集
これらを全部、実行することが要求されているわけではなく、企業規模や、従業員構成、経営内容などに応じた努力が要求されています。
要素③…人選の合理性
「解雇する労働者を選ぶにあたり、客観的かつ合理的な基準を定めて、公平に適用されたか」です。
よく用いられる人選の基準としては、以下のようなものがあげられます。
- 出勤率(欠席や遅刻が多いなど)
- 人事考課結果
- 注意・懲戒の有無
- 仕事への貢献度(実績、仕事に必要な資格の有無)
- 年齢
- 扶養家族の有無・子どもの年齢
経費削減をしようと思えば50代以上など高年齢層を対象とするほうがよいものの、再就職が難しくなります。しかし、20~30代の若手を対象とすれば、経費の削減にはあまりならないが再就職がしやすくなるメリットがあります。
いずれにせよ、対象者を公平に選定できるようにすることが非常に大切です。
たとえば、「単に態度が気に入らないから」「労働組合に入ったから」「労働組合で熱心に活動しているから」といった理由は、明らかに合理性がありません。人選基準に不合理な点があれば、解雇自体が無効となる可能性がありますので注意しましょう。
要素④…手続きの相当性
「整理解雇に至るまでの手続きが誠実に行われているか」です。
労働組合がある企業では労働組合と、労働組合のない企業では解雇の対象となる労働者と協議し、整理解雇を行う旨の理解を求めましょう。特に、労働組合のある企業では、整理解雇をする際には事前に協議や通知または同意が必要と労働協約で取り決めをしているところも多くあります。その場合、企業側は労働協約で定められたルールを守らなければなりません。
「経営状況が悪化していることは労働者もよくわかっているはずだ」と考え、説明・協議を省略してしまう企業もあるかもしれません。しかし、そうすると手続きが不当であるとして解雇が認められなくなる可能性もありますので、くれぐれも説明・協議のプロセスは省かないようにしましょう。
4要素か4要件か
整理解雇については、かつては4要素ではなく、4要件と言われていました。
■4要素と4要件の違い
4要件…4つの要件のうち1つでも欠ければ整理解雇は無効となる。
4要素…4つを分断せずに、全体的・総合的に判断する。
「4要件」と考えると、要件を1つでも満たさないときは、整理解雇は無効となってしまいます。
他方、「4要素」は、どれか1つ程度の低いものがあったとしても、他の3つの程度が高い場合には、解雇が有効となりえます。
平成12年ころの東京地裁から、4要素をとる裁判例が増えています。裁判実務としては「4要素」が定着したと考えてよいかと思います。しかし、労働者側の弁護士は根強く「4要件」を主張していますので、後に整理解雇が争われないようにするためには、「4要素」説を取りながらも、4要素の全てを高いレベルで満たすように努力をすべきです。
整理解雇を実施するときの手順
整理解雇の要素を満たしていても、実施するときは適切な手順を踏まなければなりません。ここでは、整理解雇を実施するときの6つの手順について解説します。
手順①…解雇基準の決定
まず、解雇基準を決めます。具体的には、以下のようなことを検討しましょう。
■解雇する人数
どれくらいの人数が余剰になっているかを検討し、解雇する人数を決定します。少なすぎても経営再建につながりませんし、逆に多すぎると今度は業績が回復してきたときにスムーズに対応できなくなります。
■対象者の範囲
次に、一定の基準を設けて解雇対象者の範囲を決めます。高額な学費がかかる高校生や大学生の子どものいる者を解雇すると労働者本人とその家族への負担が大きくなりますし、業務に必要な公的資格を持つ者を解雇すると、会社への影響が非常に大きくなります。そのため、労働者も企業もが解雇により受ける不利益の度合いができるだけ小さくなるような条件を設定します。
■解雇日
解雇する日を決めます。労働者が十分に転職活動の時間が取れるよう、できるだけ遠い日付にするとよいでしょう。あまり近い日付では解雇予告手当を支払わなければならなくなることもあるので、解雇日はよく考えて決定するようにします。
■退職金の扱い
就業規則に退職金に関する規定がある場合は、原則としてそれに従います。しかし、会社都合で解雇することになるため、所定の退職金に勤続年数や年齢に応じて一定金額を上乗せするなど、優遇措置を取ることも検討してもよいでしょう。退職金の形でなくとも、最後の給料日に支払う給与に数ヶ月分を特別に加算する、有給休暇を買い取るなどの方法もあります。
手順②…解雇対象者または労働組合への説明
労働組合または解雇対象者へ、整理解雇を実施する旨を説明します。その際には、経営状態が悪化していることを客観的に示すデータなどを提示しながら、整理解雇の必要性や規模、選定基準、時期などできる限り情報提供をすることが必要です。労働組合側もしくは労働者側から質問があれば、丁寧に答えるようにしましょう。
手順③…整理解雇実施の発表
整理解雇を実施する旨を全社員向けに書面で公表します。整理解雇は労働者の生活に大きくかかわることなので、公表は経営者など経営の責任者が自ら行います。書面には解雇人数や対象となる者の基準、解雇日、退職金の取り扱いなど詳細を記載し、だれでも見られるところに掲示しましょう。
手順④…解雇予告・解雇予告手当の支払い
労働基準法上、労働者を解雇するには会社側が解雇日の30日以上前に解雇予告をしなければなりません。解雇予告は口頭でも構いませんが、言った・言わないのトラブルを防ぐために解雇予告通知書を労働者に交付します。労働者の求めがあったときは、解雇理由証明書も発行しましょう。
もし、解雇予告が解雇予定日の30日以上前にできなかった場合は、会社側は労働者に平均賃金の30日分以上にあたる解雇予告手当を支払う義務があります。平均賃金とは、過去3か月間に支払われた賃金総額をその期間の暦日数で割ったものです。ただし、解雇予定日まで30日を切っている場合は、30日に足りない日数分の平均賃金を支払います。たとえば、解雇予定日の20日前に予告した場合は、10日分の解雇予告手当を支払えばよいわけです。
手順⑤…解雇辞令の交付
解雇予定日になったら、解雇する労働者に書面で解雇辞令を交付します。これが交付されると、会社と労働者で結ばれていた雇用契約(労働契約)が解除されます。有休消化などで解雇予定日よりも早く最終出社日を迎えた場合は、「取りに来ないから」といってそのまま放置せず、解雇予定日に自宅まで郵送しましょう。
手順⑥…退職の手続き
解雇した労働者について所定の退職手続きをします。必要な手続きは普通解雇と変わりません。
- 退職金の支払日に退職金を支払う
- ハローワークに雇用保険被保険者資格喪失届を提出
- 本人に離職票を交付し、年金手帳を返却する
- 年金事務所に厚生年金・健康保険被保険者資格喪失届を提出 など
最初に
以上は整理解雇の手順です。実務では整理解雇の前に、希望退職(自主退職)を募ることが通常です。退職では、解雇ほど法的には難しくないからです。また、希望退職(自主退職)を募ったことは、整理解雇の4要素の1つである「解雇回避の努力」として考慮されるからです。
整理解雇を行うときの3つの注意点
整理解雇は一気に複数の社員を解雇するものです。その影響の大きさから、実施にあたり細心の注意を払わなければなりません。ここでは、整理解雇をするときに会社側が注意すべき3つのポイントについてお伝えします。
注意①…整理解雇は慎重に
整理解雇は労働者の経済基盤を不安定にするものなので、労働者への影響が非常に大きいものです。また有名大手企業ほど、世間への影響も大きく、マスコミに大きく取り上げられて企業イメージがダウンしてしまうこともあります。たとえば、2010年に、大手航空会社のJALが経営難を乗りきるために整理解雇を行う旨を公表したことを覚えておられる方も多いでしょう。
このように、整理解雇は労働者の生活にも世間にも大きく影響を及ぼすものなので、やむを得ず実施するときは慎重に行うことが必要です。
注意②…整理解雇が禁止されている期間がある
労働基準法上、整理解雇が禁止されている期間があります。それは以下の2つのケースです。
- 労働者が業務または通勤を起因とする負傷や疾病(業務災害)の療養のために休業する期間およびその後30日間
- 女性で産前産後休業を取得している期間およびその後30日間
注意③…男女で条件に差をつけてはならない
先述のとおり企業側が整理解雇の対象者を選ぶにあたり人選の基準を設けますが、その際、性別を理由に差別的な取り扱いをすることは禁じられています。
たとえば、以下のような条件で整理解雇を行うことはできません。
- 女性のみを整理解雇の対象とする
- 対象年齢を女性は40歳以上、男性は50歳以上とする
- 対象勤続年数を女性は25年以上、男性は30年以上とする など
以上のように、経営が厳しくなってきたからと言っても、整理解雇はそう簡単にできるものではありません。企業のやりようによっては、労使間で対立が起きる可能性もあります。そういった対立を生じさせないためにも、4要素を満たすように周到に準備し、決められた手順に従って整理解雇を進めましょう。
何よりも、労働者が会社を去るその日まで、企業側が労働者に対して真摯な態度で対応することが重要です。