2000年代以降、粉飾決算や自動車のリコール隠し、食品産地偽装、インサイダー取引など、大企業を中心に企業の不祥事が相次ぎました。それをきっかけにコンプライアンス経営の重要性も徐々に認知されてきてはいますが、依然として企業の不正や不祥事は続いています。
しかし、不祥事が発覚した企業の中では、発覚する前から「何かおかしい」と薄々感じていた従業員もいたはずです。このように、「おかしい」と感じた労働者が迷わず声を上げられるよう、平成16年に公益通報者保護法が成立しました。そして、より実効性を高めるための改正が行われ、令和2年6月に改正公益通報者保護法が成立したのです。
改正法の施行日は未定ですが、公布の日から起算して2年以内に施行されることとなっています。
本記事では、公益通報者保護法の改正点や、実際に企業が内部通報制度を運用する際のポイントについて、企業側の弁護士事務所フルサポートの弁護士が解説します。
【目次】
1.改正前の公益通報制度の概要
会社等による一定の違法行為を労働者が通報窓口や外部のしかるべき機関へ通報することを「公益通報」と言います。
これまで、大きな不祥事のほとんどはこのような公益通報―つまりは内部告発によって発覚しており、通報によって公益は守られる一方、通報者は会社から解雇や降格など、不利益な扱いを受けてしまうことがありました。
そこで、公益のために通報を行った通報者を保護することができるように定められたのが公益通報者保護法による「公益通報者保護制度」です。
以下では、改正前の公益通報者制度の概要を解説します。
公益通報とは
会社に関する訴えのすべてが公益通報に該当する訳ではありません。
公益通報者保護法第2条に、その定義がありますので簡単に確認します。
公益通報者保護法 第2条(定義)
この法律において「公益通報」とは、労働者が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先が予め定めた者、当該通報対象事実について処分若しくは勧告等をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に通報することをいう。
1-1:公益通報者
公益通報の主体は労働者でした。
ここでいう「労働者」とは、労働基準法9条の「労働者」にあたる者のことを指しますので、正社員のみならず、パートタイマーやアルバイト、契約社員、派遣労働者も保護の対象となりました。
一方、通報時点で雇用契約が終了している退職者や、会社と委任関係にある役員については「労働者」に当たらず、保護の対象となっていませんでした。この点は、後述するように、改正法により改正されました。
1-2:通報対象事実
通報が公益通報に該当するためには、通報内容が「労務提供先またはその関係者について、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていること」が必要です。
この、通報対象事実とは、「対象となる法律において、犯罪行為または最終的に刑事罰につながる行為」とされており、対象となる法律は以下のとおりです。
- 刑法
- 食品衛生法
- 金融商品取引法
- 日本農林規格等に関する法律
- 大気汚染防止法
- 廃棄物の処理及び清掃に関する法律
- 個人情報の保護に関する法律
- その他、個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律として政令で定めるもの
このように対象となる法律が決まっているため、ここに規定のない法律に反する行為や、社会的には許されないと感じても法令違反ではない行為については、通報対象事実に該当しません。
また、この通報対象事実は、通報をしようとする労働者の労務提供先・その役員・従業員・代理人その他の者について生じている必要があります。
この場合の、労務提供先は次のようになります。
- 直接雇用され雇用主のもとで就業している場合:雇用元(勤務先)の事業者
- 派遣社員として派遣先で就業している場合:派遣先の事業者
- 雇用主の請負契約に基づいて取引先で就業している場合:取引先の事業者
1-3:通報先
公益通報先としては以下の3つが定められています。通報先に優先順位はなく、通報者の都合で通報先を選ぶことができます。
Ⅰ労務提供先等
具体的には、上記の労務提供先において通報対象事実を担当する部署になります。例えば、公益通報窓口や総務部・法務部など各会社の担当部署が該当します。
また、「労務提供先があらかじめ定めた者」とは、社内規程等によって定められた通法先を指しています。例えば、ヘルプラインや社外の弁護士、労働組合等が指定される可能性があるでしょう。
Ⅱ権限のある行政機関
通報対象事実について、法令に基づき勧告や行政処分などができる行政機関のことで、各法令の規定に基づいて定められています。なお、この行政機関には国の省庁だけでなく、各都道府県の地方公共団体も含みます。
Ⅲその他の事業者外部
条文には「公益通報することが通報対象事実の発生や被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」と記載されています。これには、例えば、マスコミ・消費者団体・事業者団体・労働組合などが該当します。
2.通報者の不利益取扱の禁止
公益通報者保護制度では、公益通報をしたことを理由とする公益通報者に対する不利益な取り扱いは禁止されています。
具体的には、次のような処遇があげられます。
- 降格
- 減給
- 訓告
- 自宅待機命令
- 給与上の差別
- 退職の強要
- もっぱら雑務に従事させること
- 退職金の減額、没収
- 派遣契約の解除及び派遣労働者の交替
このような取り扱いは違法・無効となり、労働者からは労働審判や労働訴訟が申し立てられる可能性があります。また、公益通報者保護法の対象とならない通報を原因とする処遇であっても、解雇や労働条件の不利益変更については労働契約法等、他の法令によって労働者が保護されることがあるので、注意が必要です。
よって、従業員から何らかの通報があった後に当該従業員に処分を行おうとする場合には、
① その通報が公益通報に該当するかどうか
② 該当しない場合も、会社の処分が労働契約法等、他の法令に違反していないかどうか
の2点を必ずチェックする必要があります。
3.令和2年の改正ポイント
公益通報者保護法は平成16年より施行されており、企業の不正行為を企業内部から通報することで是正し、国民の安心安全への寄与を目的としています。
しかし、罰則規定もなく法に実効性が伴わなかったためか、大企業の自浄作用に対する大きな効果は見られず、それどころか通報者が会社から報復的な扱いを受けるなどの事案も散見されていました。
そこで、企業の不正の是正をより広く促し、なおかつ公益通報者の保護はより強化されるよう、令和2年6月に改正されることとなったのです。おもな改正点は以下の3つです。
- 改正点① 通報者の安心を確保し、企業の不正是正を促す
- 改正点② 行政機関やその他の外部事業者への通報のハードルを下げる
- 改正点③ 保護される通報者の範囲を拡大
以下でそれぞれの改正点について、詳しく見ていきましょう。
3-1:改正点① 通報者の安心を確保し、企業の不正是正を促す
Ⅰ 体制の整備
内部通報に適切に対応するため、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者は、「公益通報対応業務従事者」の設置と「内部通報体制の整備等」が義務付けられました。労働者数が300人以下の中小事業者については、体制の整備・担当者の設置ともに努力義務とされています。
なお、体制の整備を怠った場合には行政による指導・勧告が行われ、勧告に従わない場合には企業名の公表がなされることとなりました。また、報告を怠ったり虚偽の報告をしたりした場合には20万円以下の過料の可能性があります。
〈公益通報対応業務従事者〉
改正法では、「公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置を執る業務に従事する者」と定義されています。
この従事者の設定方法については、個別に担当者を指定する方法と、一定のポストを設置する方法が考えられます。
〈内部通報制度の整備〉
現在、この制度整備について具体的な内容は検討中とされており、今後、指針が作成されることとなっています。
改正法Q&Aでは、「例えば、通報受付窓口の設定、社内調査・是正措置、航跡通報を理由とした不利益取扱いの禁止や公益通報者に関する情報漏洩の防止、これら措置に関する内部規程の整備・運用等を想定しています」との言及にとどまっていますが、ここで求められる措置は各会社の規模や事情に即した実効性のあるものが求められるでしょう。
Ⅱ 公益通報に対応する者の秘密保持義務
公益通報への窓口対応・内部調査等に従事する、公益通報対応業務従事者は、「正当な理由なく、その業務に関して知りえた事項であって公益通報者を特定させる情報を漏らしてはならない」として、秘密保持義務が規定されました。
この秘密保持義務に違反した場合、30万円以下の罰金が規定されています。
〈秘密保持義務の対象者〉
秘密保持義務の対象者は公益通報対応業務従事者なので、会社によって当該従事者に定められている者のみが該当することになります。
よって、従事者に該当しない上司や部下などが、業務上偶然に公益通報に該当する情報を受け取ってしまうことがあったとしても、そのような者までが秘密保持義務を負うとはされていません。
ただし、過去に公益通報対応業務従事者であった者は、その後に異動や退職によって従事者の職から離れたとしても秘密保持義務を負うことになっていますので、注意が必要です。
3-2:改正点② 行政機関やその他の外部事業者への通報のハードルを下げる
行政機関・その他の外部事業者への通報に際して、通報者の保護要件が緩和されました。
Ⅰ 行政機関への通報
改正前は、通報対象事実の発生について「信ずるに足りる相当の理由があること」が通報者が保護される要件でした。しかし、通報者がこの証明を行うことは非常にハードルが高いため、改正後は、「氏名や住所を記載した書面の提出すること」を条件に、通報対象事実が生じているもしくは生じようとしていると思われる程度でもこれを公益通報と認め、通報者が保護されることになりました。
Ⅱ その他の事業者外部
報道機関など、事業者外部への通報をした通報者が保護される条件には、次の2つが追加され、保護の範囲が広がることとなりました。
- 財産に対する損害のうち、通報対象事実を直接の原因とするもので回復困難または著しく多数の個人における多額のものが発生する場合
- 内部通報では、通報者を特定させる情報が洩れる可能性が高い場合
3-3:保護される通報の範囲拡大
改正前と比較して、公益通報者保護法によって保護される「通報者の範囲」及び「通報事実の範囲」が拡大されました。より広くの通報を促し、会社の不正是正に繋げようとする形になっています。
Ⅰ 通報者の範囲の拡大
改正法では、保護の対象となる公益通報者の範囲に「退職者」と「役員」が追加されました。ただし、退職者に関しては、早期通報を促す観点から退職後1年以内の通報と制限が設けられています。
なお、役員に関しては、会社との委任関係にあるという特殊性から鑑みて、公益通報を理由に解任となった場合には損害賠償の請求が可能とされるにとどめられています。
Ⅱ 通報事実の範囲の拡大
現行法は、犯罪行為・最終的に刑事罰の対象となる行為のみが通報対象となっています。
これに対し改正後は、「過料」の理由とされている事実が通報対象事実に加えられました。過料は刑事罰ではないので、これまでは対象外でした、よって、保護される通報対象事実の範囲は広がったことになります。
4.公益通報制度を運用するためのポイント
内部通報制度を実効性のあるものにするには、企業内部できちんと規程を置き、通報があった際に適切な対応ができるようにしなければなりません。ここでは、企業で内部通報制度を運用するためのポイントについてお伝えします。
4-1:公益通報制度を運用するための内部規程を策定する
主に、内部通報を受理してからの処理の流れ、及び情報管理について定めます。
また、対応業務従事者が通報者に関する情報を漏洩させた場合は法律上に罰則規定がありますが、通報者に対して不利益取り扱いをした者についても、懲戒処分などを検討したほうがよいでしょう。
同時に、通報された不正行為を行った者に対する処分についても、明記しておくべきでしょう。
4-2:社内外に公益通報制度への対応体制を構築する
公益通報の相談窓口を社内に設けていても、通報者としては不利益取り扱いをおそれて利用しづらいケースも考えられます。そこで、公益通報の対応窓口は社外にも用意することが望ましいでしょう。
例えば、法律の専門家である弁護士事務所や、外部窓口のサービスを提供している民間の専門機関など、外部機関への委託の検討をおすすめします。
4-3:内部通報対象の範囲をなるべく拡げる
通報対象となる事案は公益通報者保護法に数多く規定されています。しかし、コンプライアンスを強化するためにも、法律上は公益通報の対象にならない法令違反や社内規程違反についても、通報を受けつけることは有効です。会社の規模に応じて、幅広く通報を受けつけるべきでしょう。
4-4:中小企業も内部通報制度の整備を進めたほうがよい
従業員数が300名以下の中小企業は、公益通報制度の整備・体制構築が努力義務とされています。そのため、内部通報制度の体制の整備がなされていなくとも違法ではありません。
しかし、今後の改正によって中小企業も対応が義務化されることも考えられますので、「うちは関係ない」と決めつけず、可能な規模から体制の構築を進めておくべきでしょう。
内部通報制度の体制整備をしておくことは、「コンプライアンスがしっかりしている企業」というブランディングの一つにもなります。
4-5:公益通報者保護制度について社内に周知する
社内体制を構築したら、社内に広報し、周知徹底するようにしましょう。
また、経営幹部や従業員に対しては、公益通報者保護法や制度の仕組み、自社における社内体制や公益通報窓口について定期的に社員研修を行うことも重要です。また、法改正や政令、ガイドラインの更新には常に気を配り、周知や社内研修は定期的・継続的に行うことが必要です。
公益通報者保護制度は、企業の不正に対する抑止力として機能し、自浄作用を高めるための制度です。この制度を有効に活用するには、経営陣のみならず従業員一人ひとりが制度について知識を深め、いざというときには通報者を守れるようにしなければなりません。内部通報制度の体制構築や、社内規程の制定については、フルサポートの弁護士もご相談に応じておりますので、お気軽にご相談ください。