前回は、健康経営の概要や健康経営に取り組むメリット、顕彰制度について解説しました。健康経営の大切さはよくわかっているものの、「では、具体的に何をどうすればよいのかわからない」という企業経営者や総務・人事担当者の方も多いのではないでしょうか。

今回は、実際に健康経営に取り組んでいる企業の事例紹介とともに、具体的な健康経営の実践方法につい解説します。

1.まずは健康経営の組織体制づくりからスタート

健康経営をはじめるためには、まずは上層部で健康経営を実施するための組織体制づくりを行います。その際は、社内の人材のみならず、専門知識を持った産業医や産業保健師などの外部の産業保健スタッフにも協力してもらうとよいでしょう。体制ができたら、社内外に健康経営を始める旨の宣言を行い、施策をスタートします。

1-1:CHO(最高健康責任者)の設置

健康経営への取り組みをはじめるにあたって、経営陣の中にCHO(Chief Health Officer:最高健康責任者)と呼ばれる事業責任者または執行役を置きます。CHOは役員の中から選出してもかまいませんが、代表取締役社長自らがCHOに就任することも珍しくありません。

また、メンタルヘルスケアについては、管理監督者としての部門長の役割も重要です。管理監督者は日頃から従業員とよく接しており、産業医などが持ちえない情報を持っていることが多く、それぞれの従業員に応じたきめ細かな配慮ができると考えられるためです。健康経営においてはCHOと管理監督者の緊密な連携が求められるでしょう。

1-2:経営トップがリーダーシップをもって取り組む姿勢を示す

まず経営者自らがトップダウンで健康経営宣言を行い、健康経営の指針について社内外に公表します。健康経営優良法人の中には、オフィシャルサイトのCSRや健康経営のページに健康経営宣言をうたっているところも少なくありません。

また、経営者は忙しい中でも自身の健康管理のために率先して時間やお金を投資することが求められます。健康診断や人間ドックを受診する、定期的にフィットネスジムで汗を流す、喫煙者であれば禁煙治療に通うなど、経営者自らが率先して健康管理に取り組む姿勢を従業員に見せることがポイントです。同時に、健康経営を経営課題として認識し、定期的に経営会議に議題として取り上げ、役員で議論をすることも忘れてはなりません。

1-3:産業保健の専門人材の活用

健康経営を継続するには、産業保健に関する知識や経験の豊富な人材が不可欠です。産業医・産業保健師など外部の専門職人材と、連携する社内の人材とで産業保健チームをつくって、相互に連携を取りながら従業員の健康管理を行います。しかし、ある一定以上の規模の企業になると複数の産業医や産業保健師を抱えることになるため、専門職の人材を意思統一をはかるためにも「統括産業医」を任命し、そのもとでさまざまな調整を行うほうがよいでしょう。

1-4:健康保険組合との連携(コラボヘルス)

企業と企業の属する健康保険組合とが相互に役割分担をしながら緊密に連携し、従業員やその家族の病気の予防や健康管理を行うことも、健康経営をすすめる上では非常に重要です。これを、コラボヘルスといいます。

企業は、一般定期健診の結果を持っている、従業員との接点が多い、一定以上の規模の企業では産業医などの産業保健専門職の人材がいるなどの強みがあります。一方、健康保険組合は従業員の健康を目的につくられた組織であり、レセプト情報や特定健診結果、特定保健指導の結果などヘルスチェックに活かせるさまざまなデータを持っているのが強みです。企業と健康保険組合が協力することによって、それぞれの強みを活かしながら健康経営の実効性を高めることが期待できるのです。

コラボが決まれば、持っている健康情報を企画段階で開示し、従業員の抱える健康問題を見える化して方針を決定します。産業医や産業保健師がいれば話し合いに参加してもらうほうがよいでしょう。その際、個々の従業員の健康情報は個人情報になるので、お互いに情報を提供する場合は当該従業員の同意をあらかじめ得るなど、適切に扱わなければなりません。

2.健康経営の実践 ~リスクマネジメント~

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まず、健康経営を実践するために、健康状態の悪化を未然に防いだり、健康悪化のリスクを減らすリスクマネジメントについて考え、具体的な施策を実施することが必要です。

2-1:健康被害へのリスクの低減

まずは職場環境が有害物質にさらされていたり、身体に有害な作業がある場合、それらのリスクを見積もり、低減しなければなりません。有害物質を扱う場合は、作業時間の短縮、有害性の低い物質への転換、保護具の着用、換気装置の設置などが求められるでしょう。
また、ストレスや長時間労働も心身にとって有害なものになりますので、作業工数や業務分担の見直しが必要でしょう。

2-2:健康診断の実施

すべての従業員を対象に定期的に健康状態を評価するために、定期健康診断を実施しましょう。一般定期健診だけでなく、特定の業務ごとに海外赴任前健診や有害化学物質を扱う方向けの特殊健診も必要に応じて行います。
ただし、これらの健診は6ヶ月~1年に1回程度と頻度が少ないので、健康状態を細かくとらえるのが難しいというデメリットもあります。そこで、妊娠中、休職明けなど特別な事情のある従業員に対して、個別に主治医から意見書をもらった上で産業医と面談したり、必要な配慮を実施することで健康管理を行う方法も考えられるでしょう。

2-3:生活習慣病の早期発見・早期治療

生活習慣病にかかると、稼働が制限されてパフォーマンスが落ちてしまう可能性があります。しかし、生活習慣病は早期発見・早期治療が有効なものがあるので、健康診断などで所見がみられた場合にはできるだけ早期に精密検査の受診を促す必要があります。

治療や保健指導などをして一度状態が改善できても、コンディションの良い状態を維持することは容易ではありません。そのため、たとえばウェアラブル端末を使って健康状態のセルフチェックができるようにしたり、ウォークラリーなどを開催して賞品やポイントなどの特典を用意したりするなど、なんらかの動機付けが必要でしょう。

3.健康経営の実践~元気に長く働いてもらうための支援・健康増進~

従業員により元気に長く働いてもらうために、従業員の健康管理も支援しなければなりません。一方、病気や障がいをもちながら働く従業員がいる場合には、体調をみながら無理なく仕事と治療を両立できるような施策も検討するようにしましょう。

3-1:プレゼンティーズム対策

出勤しているからといっても、必ずしも全員が元気でやる気も十分という状態なわけではありません。慢性的な疲労や肩こり、アレルギーなどの不調を感じながら仕事をしている社員もいます。そういう状態のことを「プレゼンティーズム」といいます。逆に、病気やケガで休んでいる社員のことを「アブセンティーズム」といいます。

出勤してはいるものの何らかの不調をかかえているプレゼンティーズムの状態にある社員は、労働生産性や業務遂行能力が低くなっている状態です。経済産業省の調査によれば、医療費などとアブセンティーズムによるコストの割合が約20%であるのに対し、プレゼンティーズムによるコストの割合は80%近くにも及ぶといいます(※)。プレゼンティーズムに影響を及ぼす因子は高血圧や肥満、運動不足、睡眠不足、ストレスなどであることがわかっているので、これらの因子をいかに取り除くかがプレゼンティーズムによるコストを抑制するカギとなるのです。

(※)経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課「企業の「健康経営」ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~(改訂第1版)」

(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf)

3-2:治療と仕事との両立支援

人知れず不妊治療をしている従業員や、がん・難病、精神疾患、障がいを抱えながら働く従業員は少なからずいるでしょう。そういった従業員に対して、安心して働いてもらうことのできるよう、会社側として一定の配慮が必要です。ただ、病気や障がいの種類・程度によって必要な支援は異なります。会社側と本人でよく話し合い、本人がどのような支援を望んでいるのかをヒアリングするとともに、主治医にもその支援内容が妥当かどうか見解を聞きましょう。

2016年に施行された改正障害者雇用促進法では、会社に対する働く障害者への合理的配慮の提供義務が定められました。その前年の2015年3月には、その内容に踏み込んだ合理的配慮指針が規定されていますので、「合理的配慮と言われても何をすればよいかわからない」という場合は参考にしてみるとよいでしょう。

3-3:女性労働者や高年齢労働者への配慮

近年は、女性の社会進出に伴い働く女性が増えています。また、定年を過ぎても「再雇用」という形で引き続き現役で仕事に励む高年齢者も少なくありません。そういった女性労働者や高年齢労働者にも一定の配慮が必要です。

女性の場合は、女性特有の疾患や更年期、妊娠・出産などのライフイベントがあります。これらをきっかけに、長期にわたりプレゼンティーズムを引き起こす原因にもなりかねないので、会社側として受診や治療を促すことが必要です。また、女性専用の休憩室を設けるなど、職場環境を整備することも大切です。

高年齢者の場合は、加齢にともなって健康問題が生じたり、足腰が弱くなって労災事故を引き起こす可能性があります。製造業や建設工事現場などでは、ラジオ体操や転倒予防体操が取り入れられているところも増えています。また、オフィスの照度を工夫したり、階段などに手すりをつけるなども必要でしょう。

3-4:ポジティブヘルスアプローチ

病気や障害のない社員に対して、病気を予防し健康をより増進させるための施策を行うことも大切です。これをポジティブヘルスアプローチといいます。ポジティブヘルスアプローチには、食生活や睡眠、運動に関するセミナーを開催したり、コーチングを行い自己実現を目指すことなどがあげられます。実施したあとは、適宜モニタリングや従業員へのアンケートなどを用いて効果測定・検証しましょう。

4.健康経営の取り組み事例

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ここで、健康経営に実際に取り組んでいる企業の事例を3つ紹介します。参考にできるところは、ぜひ真似をしてみてはいかがでしょうか。

4-1:タニタ「タニタ健康プログラム」

ヘルスケア事業を展開するタニタは、2009年より「タニタ健康プログラム」を実施しています。はじめは全社員に歩数計を配布したり、体組成計で定期的に体重や筋肉量、体脂肪率をチェックしたデータを専用サーバに自動的に転送してPDCAサイクルをまわすところから始まりました。プログラム内容は年々変わり、最近では始業時に全社員でエクササイズを実施する、食事管理アプリの「ヘルスプラネットフード」の機能を使って食生活への意識向上を図るなども取り入れています。

4-2:三洋化成「労使組合三位一体の取り組み」

化学製品の開発・製造を行う三洋化成では、経営層・従業員・労働組合が三位一体となって相互に協力しながら健康経営に取り組んでいます。各拠点に常駐する保健師や看護師による健康相談の実施、健康情報管理システムを使っての健診データやストレスチェックの見える化、イントラネットを活用した健康情報の送信・意識啓発などを行っています。また、2020年2月からは新型コロナウイルス対策本部を立ち上げ、事業継続のための感染症対策を従業員に呼びかけるなど、臨機応変に対応しています。

4-3:株式会社フジクラ「フジクラグループ健康増進プログラム」

エネルギー事業や情報通信事業を展開する株式会社フジクラでは、2011年に健康経営を行うための独自組織「ヘルスケア・ソリューショングループ」を新設し、2013年には「フジクラグループ健康増進プログラム」を独自開発しました。健康診断では法定検査項目に独自検査項目を加えて健康度や疾病リスクをチェックしたり、体力測定や立ち作業の導入、歩数計を使ってバーチャル空間でさまざまな地域を歩く歩数イベントなどの実施もしています。

5.健康経営を実践するときは弁護士に相談を

どの企業も人材不足になる中で、今いる従業員に少しでも長く健康に勤めてもらうためには、経営層がリーダーシップをもって健康経営に取り組むことが非常に重要です。昨今の新型コロナウイルス感染拡大が続く中では、健康経営がより重要な意味を持つようになると考えられます。「とはいえ、健康経営をどのようにすすめればよいかわからない」という場合は、フルサポートの弁護士がご相談に応じます。お気軽にお問い合わせください。