東京都や大阪などの大都市圏を中心に新型コロナウイルス感染が広がり、感染状況が日増しに深刻になりつつあります。これにともない、テレワークや在宅勤務に切り替える企業が少なくありません。

もともと、働き方改革の一環として、テレワークや在宅勤務に関心を寄せる企業が増えつつありました。しかし、2020年3月25日に東京都知事が「平日はできるだけ自宅で仕事を」と呼びかけたことで、テレワークや在宅勤務を積極的に取り入れる企業がよりいっそう増えています。

では、テレワークを実際に導入するときには、労務管理上どのような点に注意すればよいのでしょうか。また、企業はどのような準備をすればよいのでしょうか。

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テレワークを始める前にすべきこと

テレワークを社内に取り入れたくても、いきなり始めることはできません。テレワークを導入するには、さまざまな準備が必要です。テレワーク導入に向けて、まず経営者や人事担当者が何をすべきなのかをおさえておきましょう。

テレワーク導入にあたり決めるべきこと

テレワークを導入するときは、以下のことを決めておくことが必要です。

テレワーク導入の目的

テレワークを導入する目的をあらかじめ設定し、全社員で共有することが非常に重要です。厚生労働省の「テレワーク導入のための労務管理等Q&A集」によれば、以下の5つの観点からテレワーク導入目的の例があげられています。

  • 働き方改革(ワークライフバランスの実現)
  • コストダウン(ペーパーレス化・オフィスコストの削減)
  • 事業継続(新型インフルエンザなどのパンデミックや自然災害時の事業継続)
  • 人材の確保・育成(従業員の離職抑制・キャリア継続、優秀な人材の確保)
  • 生産性の向上(集中による知的生産性向上、迅速な顧客対応)
対象者

テレワークを社内のだれが行うか、対象者を決めます。2019年8月のエン・ジャパンが従業員数300名未満の企業に行った調査によれば、テレワーク対象者はエンジニア・企画・総務などの内勤中心の社員が最も多く、54%を占めたそうです(※)。テレワーク対象者の設定の仕方は、内勤の社員のほか、育児・介護などで出社が難しい社員のみ、希望者全員といった方法もあります。

(※)エン・ジャパン「中小企業の「テレワーク」実態調査―『人事のミカタ』アンケート―」
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2019/18689.html>

対象業務

業務の棚卸しをして、どの業務でテレワークができるかを調査します。テレワークに向いているのは、一人で完結できる業務や会社の外でも進められる業務、セキュリティ上問題のない業務などがあります。
具体的には、データ入力・資料作成・ソフトウェア開発・プログラミング・デザイン・ライティング・調査・分析といった業務があてはまるでしょう。営業職でも、営業日報入力やプレゼン資料作成などの事務作業ならテレワークに十分対応できます。

費用負担

社員がテレワークを行うには、パソコンなどのIT機器やネットワーク環境・インターネットセキュリティの構築が不可欠です。これらにかかる費用を誰が負担するか、あらかじめ決めておかなければなりません。従業員の負担とするのであれば、就業規則に規定することが必要です。

派遣社員の扱い

派遣社員とは雇用関係がないため、派遣社員はそのままではテレワークを適用できません。労働者派遣契約には派遣先企業しか就業場所として特定されていないことがほとんどです。そのため、派遣先企業と派遣元企業とで協議を行い、テレワークに関する合意をすることが必要です。

公正・公平な人事評価制度を構築する

「テレワークの社員は仕事ぶりが見えないので評価をしづらい」という意見もあるかと思いますが、テレワーク利用者と通常勤務の社員とで評価に差をつけることは好ましくありません。あくまで両者とも、公正・公平な人事評価を行いましょう。そのためには、上司と部下で意識してコミュニケーションをとり、テレワーク利用者の出している成果を的確に把握することが必要です。またビジネスチャットなどを通じて対応の速さなどを評価するのも評価方法のひとつです。

テレワーク導入に向けた教育・研修をおこなう

上記のようなことを決めたら、テレワーク導入に向けた教育・研修を行います。教育・研修は、テレワークの目的や必要性、テレワークの実施体制、テレワークに必要なビジネスツールの操作方法などを共有するのに必要不可欠なものです。実際にテレワークを利用する社員だけでなく、意識啓発のためにも上司や同僚にも同じように実施しましょう。

就業規則の改訂は必要?

テレワークを実施するために、就業規則を改訂する必要はあるのでしょうか。社員が数名しかいない小規模事業者では就業規則の作成は義務ではありませんが、どのように対応すべきなのでしょうか。

原則として就業規則にテレワーク(在宅勤務)の規定を設ける

テレワークは会社での働き方とは全く異なるものなので、導入にあたり就業規則にテレワークに関する規定を設けるのが原則です。労働者が常時10人以上いる会社では就業規則の作成が義務付けられていますが、まだ作成していない会社ではテレワークの規定を盛り込んだ就業規則を作成しましょう。すでに就業規則のある会社では、テレワークの規定を入れたものに改訂することが必要です。

就業規則には以下のようなことを記載しましょう。

  • 在宅勤務を命じることに関する規定
  • (労働時間を設ける場合は)始業時間・終業時間、所定労働時間
  • 通信費などの費用負担   など

作成または変更した就業規則は、労働者の過半数を代表する者の意見書・(内容変更のときは就業規則変更届)をセットにして、労働基準監督署に届け出ましょう。

「テレワーク勤務規程」でもよい

労働者が常時10人未満の会社では就業規則の作成が義務づけられていないため、就業規則の代わりに「テレワーク勤務規程」などの規程を作成するのもよいでしょう。このような規程も労働基準監督署への届け出が必要です。

就業規則・規程がなければ違法になる?

テレワーク導入時には就業規則や規程を作成することが望ましいものの、「これらの規則や規程がなければテレワークを命じられないわけではありません。昨今では労働者の新型コロナウイルス感染防止の観点から、そういった規則・規定がなくともテレワークの実施はできると考えられます。労働基準監督署からも、特に違法性は問われないでしょう。

労働時間の管理方法

テレワークでは労働者の顔が見えない分、労働時間の把握がしづらくなります。しかし、労務管理上個々の労働者の労働時間をしっかり管理できる体制を整えておきましょう。

始業時間・終業時間の報告方法を決める

会社は、労働者の労働日ごとに始業時間・終業時間を把握しなければなりません。そのため、テレワークを行う社員には、何らかの方法で始業時間・終業時間の報告を求めることになります。具体的には、メールや電話、打刻のできる勤怠管理システムなどを利用するとよいでしょう。メールや電話であれば普段から使い慣れていて、業務報告も同時にできるメリットがあります。一方、勤怠管理システムであれば、社内で勤怠が一括管理できる、上司などにわざわざ連絡をしなくてもよいなどのメリットがあります。

育児・介護で中抜けする場合

学校の一斉休校などで子どもが在宅していたり、介護が必要な家族がいたりする場合は、業務の途中で世話や介護のために中抜けしなければならないことがあります。こういう場合、会社としてどのように対応するか、あらかじめルール化しておくことが必要です。

たとえば、中抜けした時間を休憩時間とし、その分終業時間を後ろにずらす方法もありますし、中抜けした時間分を時間休として申請してもらう方法もあります。

事業場外のみなし労働時間制を利用できる?

テレワークを実施するときに労働時間を把握するのが難しければ、事業場外のみなし労働時間制を利用できるでしょうか。事業場外のみなし労働時間制とは、労働者が会社の外で働いていて労働時間の把握が難しいときに所定労働時間分働いたとみなす制度です。しかし、たとえば所定労働時間は8時間なのに、業務に9時間かかる場合は、通常必要となる時間(9時間)が「みなし労働時間」となります。

事業場外のみなし労働時間制を導入する場合は、以下の要件を満たさなければなりません。

  • テレワークが自宅で行われること
  • 使用者の指示により使用するパソコンが常時通信可能な状態となっていないこと(上司などが業務指示を行うことができない、いわゆる「即レス」を求められる状態でない、上司からの指示に備えて待機する必要がないなど)
  • テレワークが随時上司などの具体的な指示に基づいて行われていないこと

フレックスタイム制は使える?

テレワークでも、コアタイムの有無を問わずフレックスタイム制を利用することは可能です。コアタイムがあれば、コアタイムのみ出勤し、前後の時間をテレワークとすることでコアタイムとテレワークを組み合わせた働き方もできます。ただ、労働安全衛生などの観点から深夜・早朝には仕事をさせないよう注意が必要です。

テレワーク中の健康管理・労働災害への対応はどうする?

労働者がテレワークをしているときにも、社内で勤務しているときと同じように健康管理をすることが必要です。また、万一テレワーク中に労災事故が発生した場合、どのように対応すればよいのでしょうか。

労働者の作業環境に留意する

テレワークはサテライトオフィスやコワーキングスペースなどで行う場合と在宅で行う場合があります。どちらの場合でも、事務所衛生基準規則に準じた施設の選択・環境整備が望まれます。

また、「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン(平成14年4月5日付基発第0405001号)」にも留意することが必要です。VDT作業とは業務に伴い必要になる作業のことです。このガイドラインは、作業にふさわしい照明や採光、温度・湿度の管理などにつとめるとともに連続したVDT作業時間をできるだけ短くするようにするよう推奨するものです。使用者は、労働者がこのガイドラインの内容を適切に実施できるよう必要なアドバイスなどを行わなければなりません。

健康管理をきちんと行う

テレワーク社員も、通常勤務する社員と同様に労働者の健康を確保することが使用者に義務づけられています。具体的には、以下のようなことを実施しなければなりません

  • 定期健康診断
  • 長時間労働者に対する面接指導
  • 労働者の申し出に応じた面接指導
  • ストレスチェック(常時働く労働者が50人以上の事業場のみ)
  • 雇入れ時の労働安全衛生教育

また、以下のことが努力義務とされているので、上記とあわせて実施することが望ましいでしょう。

  • 健康診断の結果をふまえた保健指導
  • 労働者に対する健康教育・健康相談
  • その他労働者の健康保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずること   など

テレワーク中にケガや病気をしたら

労働者がテレワークをしている最中に、ケガや病気をしたら労災(労働災害)申請ができることがあります。たとえば、テレワークをしている営業部の社員が自宅から営業先に向かう途中で事故に遭った場合は、業務災害になる可能性があります。過去の事例では、在宅勤務中にトイレに行くために席を立ち、部屋に戻ってきて椅子に座ろうとして転倒した事案が、業務災害と認められました。

ただし、業務災害と認められるのはあくまでも業務または通勤に起因するもののみです。たとえば、在宅勤務をしている労働者が休憩時間中に昼食を買いに出かけてケガをした場合は、この条件にはあてはまりません。また、一時的に仕事を離れて家事や育児をしていてケガをした場合も、業務災害とは認められないため注意しましょう。

社員が新型コロナウイルス感染により休業したら

テレワーク中の社員が新型コロナウイルスに感染した場合は、社員が自主的に休むのであれば通常の有給休暇や病気休暇の取得を促すとよいでしょう。一方、使用者の判断で休業させるときは、原則として労働者に休業手当として平均賃金の60%を休業した日数分支払わなければなりません。

ただし、休業手当の対象とならなくても、労働者が一定の要件を満たせば、休業4日めから健康保険から傷病手当金が給付されます。「労災保険給付は受けられないのか」と考える方も少なくないと思いますが、感染が業務もしくは通勤に起因するものと証明できない限り労災と認めてもらうことは難しいでしょう。

テレワークの導入

新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための各自治体からの自粛要請に伴い、最近にわかに注目をあびているテレワーク。まだまだテレワークを実施する企業は少数派ですが、これを機に導入を検討してみてはいかがでしょうか。

当事務所ではテレワーク導入に向けた就業規則の作成・変更もお受けしていますので、ご遠慮なさらずに、ご相談ください。

 

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